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斉藤一人さん 人脈なんていりません

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大切な人間、しっかりした人間というのはいますよね。

そういった人間と深く付き合っていればいいんです。

 

 


「人脈」なんていりません。
大切な人は「数人」でいい


人脈というのは、作ろうとしてはいけないんです。

必要のない人間とダラダラ付き合っていても、何の得にもならないのです。

いっぱい人と付き合うことを、あたかも財産のように思っている方がいらっしゃいますけど、本当に自分に必要な人間というのは、そんなにはいないのです。

でも、大切な人間、しっかりした人間というのはいますよね。

そういった人間と深く付き合っていればいいんです。

だから人脈なんていうのは、いらないんです。

ただ、人脈という言葉のどこかに、「人に頼ったら何かできるのではないか」という気持ちが存在しているんです。

それで、徹底的に自分一人でがんばった時に、ついてきてくれた人が人脈なんです。

わかりやすいですよね。

 

素人の「焼き鳥屋さん」、プロの「焼き鳥屋さん」


「新しいこと」「新しい仕事」をするって、難しいんだよね。

仕事っていうのは、前にも言ったけど、十に一つぐらいしか当たらないんだよ。

「新しい新事」なら、もっと難しい。

それが常識なの。

十に一つ当たれば凄いことを、「やったもの全部、十に十当てないと凄くない」と思っちゃってるから、困るんだよね。

そこら辺に何があるんですよね。

で、新しい分野をやるって事は、どんな分野でも、そこに命かけてる人がいるんだよ。

その分野のプロがいるの。

だから、そこの分野に入って、そんなに簡単に成功したら、相手に失礼なの。

お互い、プロの分野だからね。

だから、血みどろになって、はたかれながらも入っていくんだ。

殴られながら勉強するんだ、っていうことだと思うんですよね。

本当に新しい分野に入って行くんだったら、「何回叩かれても行く」「十に一つの確率があれば十分だ」とか思わなきゃ、ダメ。

もっと言えば、「針の先ほどの確率があれば十分だ」とか、そのぐらいのつもりで行かないといけないんだよ。

安易にものを考えすぎるんです。

だからよく、サラリーマンの人が、脱サラした時、「赤ちょうちんの焼き鳥屋くらいできるだろう」と思ってやるけど、それじゃあだめなの。

焼き鳥屋さんだって、プロがいっぱいいるんだから。

プロの焼き鳥屋になるってのは、長年の年季もあれば、お客との掛け合いもあるし、もうね、味付けもあるし。

大変なことなの。

それを、「焼き鳥屋ぐらいできるだろう」なんて考えてやられたら、焼き鳥屋の人が迷惑するんだよ。

そのことをしっかり考えないといけない。

「一番簡単だと思ってる仕事だって、激戦区だよ」っていうことね。

だから、新しい仕事、今までやってないことをする時に、気後れするのは当たり前なんです。

気後れもなしで出て行っちゃうほうが危険なの。

そんな時、気後れしてもいいんだよ。

臆病になってもいいんだよ。

ただやらなきゃならないの。

その時、「血みどろになるくらい叩かれるな」っていうことは思ってください。

人の業界に入っていくってことは、そこの米びつから米取ってくるようなものかもしれないんだよね。

だから、そこへ出かけて行くのに、「簡単に行けますよ」なんて思ったら相手に失礼なんだよ。

相手もプロなんだからね。

相手の領土へ入っていくんだよ。

戦国時代に、敵の領土に攻めて行こうっていう時は、それぐらいの「血みどろの覚悟」があったはずなんだ。

その覚悟がないんだったら、敵の領土なんか行かないで、新しい仕事開発しないで、今やってる仕事を一生懸命やんな、って。

今やってる分野だって、一生懸命開拓すれば食べていけるんだから、その方がいいよ、ってことですよ。


「感謝の多い人」「感謝の足らない人」の天国と地獄の差


「何をやってもトントンうまくいく」という人がいます。

反対に、「何をやってもガタガタしてうまくいかない」という人もいますね。

やっぱり、違うんだよね。

その違いって、たった一点、「感謝」なんです。

成功する人っていうのは、「感謝」が多いんだよ。

でも、「いいことがあったら感謝する」では、普通なの。

「いいこと」なんて滅多にないから、感謝が少なくなっちゃうんです。

それよりも。「いやな事にも感謝する」。

自分が失敗した時は、「あ、こういうことをすると、失敗するということが分かった」なんです。

人に騙された時は、「ああいう人に騙されたんだ」なの。

恨むより「騙されたおかげで、世の中にあいう人がいると分かった。

もっと出世してから騙されたら、膨大なお金を取られてた」なんです。

だから、「嫌なこと」にも感謝する。

もちろん、「よかったこと」にも感謝する。

で、そういう「感謝の多い人」って、必ず成功するんだよ。

ちゃんと学ぶからね。

だから、なんでもどんどん上手くなっていくし、何事もトントン拍子で進んでいく。

ところが、「感謝が足んない人」っていうのは、恨み言とか、ねたみん事とか、そういうことをずっと言ってる。

だから、いつまでもガタガタしちゃうんだよね。

「騙したから悪いんだ」じゃなくて、「騙される隙があった俺が悪いんだ」なんだよね。

「責任は100%自分にあるんだ」っていうこと。
「あんなアホみたいなやつに騙された俺が悪いんだ」っていうことになれば、次は騙されないようになります。

「世の中には、ああいう人がいるって事が分かってよかった、だから俺は心の中であいつに感謝してるくらいだよ」っていうような人間なら、とんとん拍子でうまくいくんです。

だから、良いことにも嫌なことにも感謝できる人間は、人生、全部うまくいきます。

それを、何でも人のせいにする人がいるんです。

「騙したから、あいつが悪いんだ」とか、下手すると「学歴がないのは親が悪いんだ」「金持ってないのは教師が悪いんだ」とかって、全ての事を人のせいにする。

だから、そういう人っていうのは、親にも感謝しないし、隣近所の人にも感謝しない。

自分にも感謝してない。

でも、「感謝しない人間を助けてあげよう」なんて奇特な人は、いないんだよね。

だから、その人がどんなに困っていても、「こいつを助けてやろう」なんて人間が出てくるわけがない。

トントン拍子に行くところか、あっちつまずき、こっちつまずき、っていうことだと思いますよ。

だから、良いこと、悪いこと、両方に感謝できる人間になるんです。


「セットでいくら?」で考えると、全部うまくいきます!


「ついてる」って口に出して言っていれば、「ついてる」ことが起きるんです。

ただ、いくら私がそう言っても、周りの人で反対する人がいます。

こういう時は、どうすればいいのか、それについて話しましょう。

これはいつも言うのですが、人には人の修行というのがあるんです。

それで、そういうところにいると、反対する人と一緒にいるということが、その人の修行なんです。

お給料を頂くってことも、そういうことなんです。

お金もらうなんていうのは、嫌なことが付きまとっているんですよ。

だから、あなたのもらっているお給料は、仕事の他に嫌なことがあって、

「セットでいくら」なんです。

「セットでいくら」だと解釈するしかないんです。

それに、「ついてる」って口に出して言っていれば、「ついてる」ことが起きると考えるのは少数派なんです。

だから、周りに「そうだね」っていう人間はほとんどいない、と思ってください。

そういう人はいませんから、「ついてる」って言わないのは当たり前なんだと。

自分が変わってるって事を言ってるんだと認識してですね、周りにはそんなのいないんだと。

まれにいたら珍しい、ぐらいに思っていればいいんですよ。

それで、こいつらといるのが給料のうちだというくらいのつもりでいないと、自分が疲れてしまう。

精神論っていうのは、自分が苦しむためにやるんじゃないですよ。

「ついてる」ということによって、自分が苦しんでいるんじゃしょうがないんです。

悟りというのは、自分が幸せになるために、自分の心を落ち着かせるためにやっているんだよ。

「ついてる」って言うのもそうです。

だから自分が少数派なんだと思わなきゃいけないの。


「幸せ」って、毎日変わるものなんだよ


私の場合、「どうしたら幸せと感じるか」というと、その日によって違うんです。

昨日はこういうことが幸せだったけど、今日はこういうことが幸せだとかって。

これは誰でもみんな同じです。

だから「斎藤一人の幸せ観」とかっていうのはないんです。

これ、誰でもそうなんです。

幸せ観って、一個じゃないんですよ。

腹減っている時は飯食えば幸せだし、おしっこしたい時は、おしっこすれば幸せ。

それと同じです。


「エゴ+少しエッチ+αの人」が「いい人間」です!


人間というのは、エゴで欲張りで少しエッチで、それでいて、どこか崇高なところを自分で求めている。

そうじゃないかと私は思っているんですよ。

「なんとか一歩でも崇高に生きたいな」というものですね。

それでね。

そういうエゴで少しエッチで、それでいて、どこか崇高なところを求めている人間が集まって、いくらでも人に役に立つとか、人様に少しでも喜ばれることしたいね、っていうのが「人生の目的」だと思うんですよ。

で、人間って元々、エゴじゃないと生きられないようになっているんですよ。

簡単に言うと、強くなければ生きられない、優しくなければ人間じゃない。

これは、昔からこうやって言うけれど、その通りなんだよね。

最初に自分の身を守らなくちゃいけないから、エゴが始まっちゃうんだよね。

子孫を増やそうっていうのがあるから、どうしたって少しエッチになっちゃうんだよ。

で、これは人間の構造上そういうものなんだけど、その中で、どこかで優しく行きたいっていうのがあるんだと思うよ。

だから前半の方を否定してしまうと苦しくなってしまうし、だから適当にうまくやる。

うまくやらないと苦しくなる。

で、苦しくなると人に厳しいことを言ってしまう。

だから、あんまり自分に厳しくなると、人にも厳しくなっちゃうの。

だから、適当に自分を甘やかしながら、人にも、まあまあこんなもんで行こうよ、って言うのがいい。
で、たまに厳しいことを言うんですけれど、それはひとつの愛だと思っているのです。

例えば、仕事って、どうしてもやらなきゃいけないじゃない。

どうしてもやらなきゃいけないことだから、がんばんなよって言っちゃうの。

そうすると、私流の言い方をすると、会社の悪口言いたくなっちゃう人、部長の悪口言いたくなっちゃう人もいますよね。

でも、言えば言うほど、その人が苦しくなってしまう。

言ったからって、明日から、働きに行かなくていいだけの財力があるのかって言うと、ないから苦しんでるんだよね。

そうすると、私流の言い方になっちゃうと、ヤクザだってね、「一宿一飯の恩義」って言って、1回ご馳走になれば、その家に命かけるんだよね。

ヤクザにできるんだから、俺たちだって、1ヶ月も2ヶ月も、2年も3年も世話になったところの悪口言うなよ。

かっこよく生きるしかないんだよ。

上役の悪口なんか言うとカッコ悪いから、かっこよく生きようよって励ますんだよね。

その励まし方が、私流の励まし方ってだけなの。

それがちょっと厳しく聞こえるかもわかんないけど、「辛い、辛い」と言ってもしょうがないからね。

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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