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斎藤一人さん 3000万円ばらまき騒動記

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ばーっと、3000万円ばらまきました

 

 

キーワードはチラシ

研修や管理などの事務的な仕事が増えていき、私のフラストレーションが溜まっていきました。

営業に費やす時間が、そもそもなくなって行きます。

物を売ってなんぼの世界で、それはちょっと悲しい。

私も商人の端くれと思えば、売上をこの手で伸ばしたいという実感が欲しかったんです。


変な声もいっぱい聞こえてくるんですよ。

「やっぱり社長の息子ならそれなりのステータスってもんが必要でしょ」

「大きな革張りの椅子なんかに座ってさ」

「秘書おいたらどうよ」

「スポーツカー乗らないの?」

「できる男の証が必要だよね」

「こちらでパーっと勝負しないと」

というような変な声が、実は私自身の心の声なんですけどね。

頭の中でぐるぐる回るわけです。

それに、ひとりさんがいないと何もできないくせに、と思われたくなかったのです。

誰もそんなこと言ってないですよ。

言ってないんですが、俺はやったぞ、これだけ打ったぞという実感が得られずにいると、商人として一人前じゃないよな、駄目だな俺は、と、自分で自分にプレッシャーをかける悪い癖がまた頭をもたげていました。

振り返ればいつも、ひとりさんに助けてもらってきたという思いがあるわけです。

あの露天商の時から、初めは素直に言うことを聞くけれど、少し慣れると何でも一人で出来ると思い込み、失敗し、ひとりさんに助けられる、決まってその繰り返しでした。

いい加減一人で何もできんのか。

勝負せんかい。

変な声が私に発破をかけるのです。

実績を上げるには、実は気長な努力が必要なのだということを、私はまだ体験として理解できずにいました。

経験不足であるがゆえに、また起死回生の結果だけを手に入れようとしたのです。

「一発」を狙う私の悪い癖が見つけた今回のキーワードは、チラシでした。

「78パーセント」の初期の頃に奮闘した豪腕営業マン達は、チラシを配布し、興味があったらご連絡くださいという待ちの営業に飽き足らず、自分の足で、あるいは電話構成で営業をかけていました。

しかし、電話での新規生物を縮小するようになると、以前にもましてチラシは重要になっていました。

というより、本来、ひとりさんはチラシの威力を十分、認識していたのに、私たちが勝手にその力を過小評価したのです。

日本中どこへ行っても商品が販売されているような大きな企業であれば、テレビコマーシャルもブランドイメージを認知させるのに効果はあるんでしょうが、我々のような小売の商人にとって、それはリスクが大きい割に売上とは直接結び付きません。

「まるかん」でもテレビコマーシャルをやったことはありますが、昔も今も主流はハガキやチラシです。

会社の規模としては決して大きくない「まるかん」には、確かにこれが効くのです。

お客様との対面販売が「まるかん」の基本です。

「まるかん」の存在を知っていただいたら、どうぞ近くの店にお越しください、直接商品を試してみてくださいというシステムですから、我々にとってはテレビなどよりチラシの方がずっと有効なのです。


チラシをばーっとまいて、新規のお客様をごっそり獲得する。

デスクにいながらにして営業マンとしての業績を一気に上げる、これが私の作戦でした。

ばーっとまいて、ごっそり。

どこが作戦なんだか。

しかし、その時の私には、いいチラシなら必ず当たる、ちまちまやるより一気にパッとまいた方が効率が良い、という根拠のない自信がありました。

絶対、行ける。

それは確信というより、絶対成功してもらわなければ困る、という身勝手な思い込みだったのでしょう。

その根っこは、多分、コンプレックスだったんだと思います。

大手の化粧品メーカー、有名食品メーカーのように派手に宣伝すれば、うちも大手と認めてもらえるんじゃないか。

そうすれば大手並みにお客さんも沢山買ってくれるのではないか。

いい大学に行けなかった、インテリ路線から滑り落ちたという思いが、まだ一流とか名門とか大手とかいうキラキラした形を欲しがっていました。

私は、一人さんという商人を敬愛する一方で、一部上場上場のような大企業の方が楽器を持たない自分に物足りなさを感じていたんだと思います。

「商人の仕事はお金を稼ぐことであって、会社を大きくすることじゃないからね」

ひとりさんにそう言われていたのに、私の頭の中には体裁にこだわる優等生気質が残っていました。

第一、事務的なことは、お金を稼ぐ商人にの仕事には思えないのです。

ばーっとまいて、ごっそり。

これしかありませんでした。


チラシばらまき作戦

本来ならチラシをまく時はテストまきをします。

この新商品は行けそうだ、このチラシはよくできたと思っても、一部の地域でまいてみて、その反応を見て全体の枚数、商品の選択、地域の規模などを決めるのです。

ちゃんとリサーチをして、無駄のないように。

ひとりさんは必ず、このテストまきをするように言っていました。

しかし、それが私にはまどろっこしいように思えてなりませんでした。

いいチラシさえ作れば、テストまきなんて必要ないさ。

一気に勝負だ。

私の独りよがりなテンションは、猛烈に上がっていました。

ひとりさんはとにかく忙しいのだから、チラシ作りまで頼むのはやめようよ、チラシぐらい自分たちで作ってひとりさんの負担を軽くしてやろうよ、という立派なわけで社長を説得し、私やチラシばらまき作戦を決行したのです。


そうは言っても、別に特別変わったチラシを作ったわけではないのです。

私にとって良いチラシとは、綺麗で洒落たチラシでした。


手書きがいいんだよ、泥臭いのがいいんだよ

「78パーセント」が始まったばかりの頃は、チラシもひとりさんが自分で考え、雛形を作ってくれていました。

「手書きがいいんだよ。泥臭い方がいいんだよ」

それがひとりさんの口癖で、昔も今も「まるかん」のチラシは手書きです。

イラストだって自分たちで描きます。

素朴で、とてもお洒落な代物とは言えません。

色は黒と赤のせいぜい2色、紙だってそんなに高級なものは使わない主義です。

「印刷しなくてもいいからね、コピーで十分だから」

ひとりさんは、今でもそう言います。

しかし、あの素朴なチラシに不思議なパワーが秘められているとは、当時、私は思っていませんでしたから、カラー印刷の綺麗なチラシの方がもっと効果があるに違いないと思っていました。

多少経費がかかってもお客さんの評判は絶対いいはずだ、売上は上がって結局はお得、と信じて疑わなかったのです。

プロのデザイナーにデザインしてもらい、写真をいっぱい使ったオールカラー、美辞麗句の並んだ魅惑のキャッチを私が考えたりして、ちょっと見、大手の化粧品会社のチラシか、みたいなのを作ったわけです。

よっしゃ、これでもらったぁ!

思わずガッツポーズもでる自信作。

私は迷うことなくまきました、ばーっと。

一斉にまけば勢いがつくぞと思っていましたから、「78パーセント」が当時、担当していたエリア、東京都内、愛知県、九州の一部などなど、全ての地域に同日一斉、豪華絢爛、ばら撒いたのです、ばーっと。


この時、自分の中ではすでに成功した時の脳内ストーリーが出来上がっているわけです。

ある日、ひとりさんが電話がかかってくるわけですね。

「がんちゃんの所、急に売り上げの数字が上がったけどさ、どうしたの!?」

その時になってようやく私は、

「いやー、実は、こういうのを作ったら当たっちゃいましてね」

とチラシの件を説明する。

「やるねぇ、かんちゃん」

一人さんの言葉に、

「いや、まだまだですよ、はははは」

笑いながら謙虚に答える私・・・・・・。

笑いながら謙虚に答えるところまで、話は出来上がっていました。

後は、反応を待つばかりです。

電話がごっそりなるのを、待つばかりでした。

ところが・・・・・。


静寂が私を包む

反応は、ない。

全然、全く、皆無!!

そのチラシを見た、という電話はピクリともならなかったのです。

予想外の事が起きると、音が消えるものなんですね。

あの、大学入試での「願書未提出事件」の折は、一瞬にしてそれが起きましたから、周りが無音になるという現象は突然、きました。

誰の声も、周りの物音も聞こえなくなってしまうのです。

でも今回は、電話で徐々に反響が来ると思っていましたから、チラシを撒いた後の2、3日は、まだまだこれから、という余裕がありました。

それが5日たち、一週間が過ぎ、徐々に増えるはずの電話が全くならないという日が続くと、徐々に徐々に周りの声が聞こえなくなっていきました。

真っ白でした。

何か手違いがあって、チラシが巻かれていないんじゃないか。

疑った私は、依頼した各地域の新聞折込業者、ポスティング業者に片っ端から電話をかけました。

確かにチラシはまかれていました。

当然です。でも、反応は全くなかった。

その時撒いたチラシは、全部でン百万枚。

デザイン料、紙代、印刷代、折り込み代、ポスティング代、もちろんかかった経費は当時でおおよそ3000万円。

3000万円がバー。

小降りのマンションなら一軒まるごと、ドブに捨てたようなもんでした。


社長は「しょうがないよ、私がいいって言ったんだから、私の責任よ」と言ってくれますが、そう言われるとかえって己の不甲斐なさにズキズキします。

大企業なら数千万円のリスクなど織り込み済みかもしれませんが、うちのような小売業にとってこの額は、1日で消えるにはあまりにも大きすぎました。

どれだけみんなが汗水流して働けば、これだけの金額を補填できるのか。

もらったぁ! の勢いはどこへやら。

私はまた反省の深みに沈んでいきました。

普通のサラリーマンなら始末書か、あるいはクビか。

この時は、さすがに私も「辞表」を書きました。

辞表を書いて、でも、受け取ってもらえず、かえって「社長の息子は半人前」であることを思い知らされたのです。


手書きがいいのは、お客様に手紙を書くことだから

あの「3000万円チラシばらまき事件」は、何だったんんだ。

後になって、私は考えてみました。

もちろん、テストまきをしなかったのは絶対的に間違いでした。

前もって状況を把握しておく、リサーチしておくという身長差は、仕事では当たり前のことです。

その準備を怠らなければ、綻びの穴を広げることはありませんでした。

そして、問題はチラシそのものにもありました。

ひとりさんが「手書きがいいんだよ。泥臭いのがいいんだよ」というのを無視して、私は小洒落たチラシを作っていました。

綺麗な方がお客さんは喜んでくれる。

そう思っていたのは、私だけでした。

チラシはお客様の方を向いていなかったのです。

大きな企業に張り合いたくて、だから、私のチラシは大手企業の法を向いていました。

うちだって負けないぞ、うちのチラシだって綺麗だろ。

自分で勝手にライバルだと妄想する見えない企業を相手に、遠吠えするだけのチラシだったのです。

私の考えた美辞麗句は、お客様にとってお得意なメッセージを発見していませんでした。


ひとりさんは、

「手書きがいいのは、お客様に手紙を書くことだから」

と言います。

「自分が今、自信を持って勧めたいと思っていること、伝えたいと思っていること、お客様に喜んで欲しいと思っていることを、手紙を書くつもりで心を込めて書くんだよ」


私が作った高級カラーチラシは、手紙ではなく、ただの印刷物でした。

「字が下手だっていいんだよ。

いや、字が下手だと思っている人が書いたものほど、反響があるはずだよ。

だってそうだろ。

字が綺麗だと自信のある人はついサラサラとかき流してしまうよね。

でも、下手だと思っている人にとって手書きは大変だから、一生懸命に書くよ。

そうやって書いた子には力が宿るものだと俺は信じてるんだよ」

その通りでした。


自分たちでもチラシを手作りするようになって分かったことですが、字が上手な人が書いた場合、確かに反響があまり良くないのです。

逆に、私は下手だからと尻込みする人が必死になった作ったチラシは、反応が良いのです。

「なんでも精魂込めてやれば、必ず力が生まれる、オーラが出るものなんだよ。

お客様がそれに気付いてくれないわけないじゃないか」

これは、科学的に証明しようもないことだと思うのですが、確かにそうなのです。

素朴な手書きのものほど相手に伝わるというのは、経験として、今も散々思い知らされていることです。

ともかく「チラシばらまき事件」で、またまた撃沈しました。

参りました。

この時は、3ヶ月ぐらい立ち直れなかったような記憶があります。

ある日、ひとりさんから電話がかかってきて「かんちゃんの所、急に売り上げの数字が上がったけどさ、どうしたの!?」という話にはなりませんでした。

そういう話にはならなかったので、ひとりさんは「チラシばらまき事件」をしばらく知らずにいました。
実は、私、黙ってました。

損失額の大きさもさることながら、私にはひとりさんの言うことを無視して、内緒でやったことが後ろめたく、、今度ばかりは会わせる顔がなかったのです。

社長も、社員の失敗は私の失敗だからと腹をくくっていましたから、親子で黙っていました。

でも、一人さんに嘘を突き通すのは無理でした。

チラシを撒いて2ヶ月ぐらい経っていたでしょうか、ひとりさんに会う機会がありました。

もちろん、私はとぼけるつもりだったのですが、

「どうしたの!?」

ひとりさんの方から聞いてきたのです。

その時の私は気持ち悪いくらいにハイで、それじゃあ返ってバレバレだって、と言うほど饒舌だったそうです。

「どうしたの!?」

ひとりさんにそう言われ、正面から見つめられるともう駄目です。

2ヶ月隠し通した苦労は水の泡となり、話さないわけにはいかなくなりました。

私は「チラシばらまき事件」のあらましを伝え、黙っていたことを詫びました。

ひとりさんは、

「参っちゃったのか」と笑っていました。

はい、まいっちゃいました。

「まいてなければやめろとか言えるけど、まいちゃったんだろ。

で、お客様、来なかったんだろ。

だったら、それはそれで、いい勉強したわけだ」

というのです。

「それで会社が潰れてないんだろう。

じゃあ、次、がんばるしかないよね」

ひとりさんは、声を荒げて怒るということがない人でした。


エジソンの失敗

「なんで俺、こうも失敗ばかりするんですかね」

悄然とする私に、ひとりさんは、

「あんまり難しく考えなくていいよ」

と言いました。

「なんでも難しく考えるから、人は最初の一歩が踏み出せなくなるんだよ。

それは挑戦しなくなるって事だろ。

挑戦しなければ、それは失敗もないだろうけど、成功することもありえないわけだからね。

いいんだよ、なんでも簡単だと思って、まず一歩を踏み出せば。

失敗したら、そこで何かが見つかるんだから。

そこから何かが始まるんだからさ」

一人さん流で言えば、

「かんちゃんは懲りずに失敗して、いいことじゃないか」

という展開になるのでした。

要するに、俺は何も考えないってことか!?

私は微妙に嬉しくない気もしたのですが、全てを吐いて、気持ちは少し軽くなっていました。

「できれば、おじさんみたいにに失敗のプロセスを楽しめるようになったら、しめたものなんだけどな。

失敗するのも、エジソンに近づいてきたってことさ」

そう言って、ひとりさんは笑っていました。


「エジソンの失敗」というのは、ひとりさんがよく例にあげる逸話のことです。

発明王と呼ばれたエジソンは、電球のフィラメントに合う素材を探して数え切れない失敗を繰り返しました。

「私は一度も失敗などしていない。フィラメントに適さない素材を発見していただけだ」と言い放ったそうです。

ひとりさんは私が内緒で新しいチラシを作ったこと、それで失敗した事を責めているわけではありませんでした。

そうではなくて、失敗をどう生かすか、次へのステップに移らずに、またつまらない反省で止まってしまったことにツッコミを入れてきたのです。


「それにさ、かんちゃん。

俺に謝ることなんてないよ。

謝るなら、お金に謝りな」

そういうのです。

「もっと上手に使えば、そのお金はちゃんとかんちゃんに何かを見返りを返してくれただろうに、今回は捨てちゃったようなものだからね。

使うなら、ちゃんと使ってあげないと。

お金に申し訳ないことをしたよね」

そういうのでした。

 

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

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