コンクラーベ

斉藤一人さんです

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斉藤一人さん 鏡の法則

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「鏡の法則」はもっと内面的に深いところまで映し出すことがあるんです。

例えば「威張っている人を見るとすごく腹が立つ」人というのは、自分の心の中に、人の上に立った時に威張ってしまうという性格があるんです。

 

 

 

深いところを映し出す「鏡の法則」


自分が今世で決めてきた問題からは、絶対に流れることができません。だからよくな。

だからそういう問題から一時的に逃げられたとしても、また別の、本質的に同じ問題が現れたりするんです。

例えば、勤めていた会社で人間関係が嫌だからといってやめると、まだ別の会社で同じような人間関係の問題が起こったりします。

このように人間関係で嫌なことが続くんだとしたら、それは自分の中にそうさせるものがあるんです。

「上司が私に意地悪をするんです」って言う人も、その意地悪をされた人が上司になった時に、同じようなことをやりかねない性格だから、そういうことが起きるんです。

これを「鏡の法則」といいます。

「自分が好意的に接すれば、相手も好意的に接してくれる」とか、「相手に対して苦手意識や敵対心を持っていると、相手もその人に対して同じような感情を持つ」というのは表面的な話で、「鏡の法則」はもっと内面的に深いところまで映し出すことがあるんです。

例えば「威張っている人を見るとすごく腹が立つ」人というのは、自分の心の中に、人の上に立った時に威張ってしまうという性格があるんです。

または、自分が威張りたいのを迎えてる、迎えてるから余計に、相手が威張ると腹が立っちゃうんです。


鏡は自分の姿をそのまま映してくれるよね。

あなたの中の鏡は何を映してくれていますか。

映ったものがちゃんと見られる自分でいようね。


鏡を拭いても顔のシミは取れません

 

人は皆、”傷”を持って生まれてきます。

そして多くの場合、同じ傷を持っている親の元に生まれます。

なぜかというと、それは自分の傷に気づくためなんです。

自分が暴力を振っちゃうような人は、暴力を振るう親の元に生まれます。

それで、「これは自分にそういうところがあるからだ」と思えばその傷も治るんだけど、「暴力を振るう親が悪い」って言ってると、それは治りません。

そうしてそういう人は、自分が親になった時に同じことをやるんです。

自分の顔にシミがついてるっからって、鏡を拭いてもシミは取れません。

鏡を替えても取れないんです。

だから、部長が嫌だからといって会社を辞めても、また次の会社で似たような人が現れるからね。

でも鏡を見て、自分の顔の”汚れ”に気づいて取れば綺麗になるように、自分の中にある傷に気づいて治せば、起こる現象も変わってきます。

部長の対応が変わるとか、相手が転勤していなくなるとか、自分が昇進して移動するというようなことが起こるんです。

鏡には自分のそのままの姿が映ります。

それと同じで、自分に起こっている出来事は、自分の傷が投影されたものなんです。

だから起こった出来事を他人のせいにばかりしていると、いつまでたってもうまくいかないんだよね。


自分の鏡に映ったものをしっかり見て、気づいて対応すれば、現実の世界も面白いように変化していくからね。

 

追伸 「女房に修行させてもらう」
永平寺に3年いるより、この気持ちが大事

 

結婚相手を選ぶのは、簡単なんですよ。

結婚相手というのは、一番相性の悪いのが一緒になりますから、最高に相性の悪いのが出てきたら、「結婚するぞ」と思っていればいいんですよ。

どだい結婚っていうのは修行ですから。

「良い修行が始まるな」って思っていればいいんです。

相手は、自分の嫌なことは何でもしますよ。

プライドを傷つけられたくない人は、プライドを傷つけるような相手が出てきますしね。

もう手いっぱい、嫌な事します。

いい修行になりますよ。

「これは、修行なんだ」と思っていれば怖くもなんともないんですよ。

「この人に幸せにしてもらおう」とか、とんでもないこと考えちゃダメなの。

「この人に修行させてもらうんだ」

「いい修行になるな」

とか思っていればいいんですよ。

そうすれば、怖くもなんともないですよ。

競争に行くのに旅行に行くぐらいに思っているから、蓋が開くと、えらい苦労しちゃうんだよね。

結婚する前とした後では、女の人って、ガラッと変わるんです。

もう、サインすると同時に、うまく言えないけど、羊が狼に変わるっていうかね。

でも、女から見たら、こっちが変わるって言うんですよ。

お互い知らないうちに変わるんですよ。

だから、お互いに良い修行ですね。

だから、私は修行のために結婚した方がいいと思いますよ。

水平地に3年いるよりも、結婚する方が全然修行になりますよ。

も、いかに永平寺が甘かったかということがわかりますよ。

ひどい目に合わされますよ。

ま、お互いですけどね。

 

 

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「答え」は多数決で決まらない


自分が持って生まれた心の中の”傷”って、大体が、親や兄弟でわかるようになっています。

それでも分からなかったら、会社の人間関係に出ます。

要は、分かるまで延々とそれが続くんです。
それは、まるで雪だるまを作る時のように、転がした雪の玉がどんどん大きくなっていくのに似ています。

前世から治さなかった心の傷がどんどん大きくなって、ほとほと嫌になってようやく自分から「治そう」と思った時に、やっと初めて治るんです。

その問題に苦しんでいるように見える人でも、教えても直そうとしない人は、その苦しみがまだ足りないんだよ。

間違いを続けるから苦しみ続きます。

我慢したからといって、なんとかなるものじゃありません。

いくら外れ馬券を握っていても当たり馬券に変わらないように、ダメなものはいつまでたってもダメなんです。

世間や大勢の人が「正しい」と言ってることでも、それが間違っていることだってあります。

続けていて良くならないんだとしたら、「それは間違いですよ」という合図だからね。

東大の入試問題でも、難しい問題は正解率が低いよね。

でも、正解率が低いからといって答えが間違っていることにはなりません。

答えは多数決じゃないんです。

あることを言っている人が多いと、そのことを正しいと思っちゃうかもしれないけれど、それを言ってる人が現実的に助かっていないとしたら、それを聞いて正しいと思うのはおかしいんだよ。


抱えている問題を解決できるのは自分自身だけ。

間違いに気づいたなら自力で治してみようよ。

 

追伸 世間に振り回されないための眼力

 

この世に起きることには、全て理由があります。

それを見抜いてみると、実に面白くて。


例えば、日本人は意見が割れると、とことん話し合います。

アメリカは多数決だから、51対49なら、51に従う、ということで、たったたったと進みます。

日本人は、「半数近くが反対してるんだから」って、ずっと話し合いで決めようとするのです。

これは、日本独特です。

「なぜ、そんなことをするんですか?」と言った時、日本は、元々、瑞穂の国といって、農業国だったからなんです。

米というのは、田んぼに水があって、お日様が程よくてっていればすぐつくと伸びる。

お百姓さん達が集まって、どんなに長く話し合いをしてても、米は確実に伸びるのです。

だから、あんな、悠長にしていられた。

この習慣がずっと続いていて、日本人はとことん話し合いをする。

お互い、くたびれるまで、最後の一人が「うん」と言うまで話し合います。

ところが、農業以外のことになってくると、決断を早くしなかったらチャンスを逃すし、場合によっては被害が出たりするから、51対49で「51の意見で、そら行け」なのです。

わかりますか?

農業は話し合っていてもいいのです。

米はそれでも育ってくれて、食べていけるのだから。

でも、他のことでも、ずっと話し合うのですね、日本人は。

アメリカ人なんかは、長々と会議ばかりやってる日本人を見ると「一体、何をしてるんだ!」と思うらしいのだけど。

なぜ、日本人がそうなったかというのがわかってくると、
「あぁ、そういう理由だったんだ」

って、思うんですよね。

そういうことを見に行くのも眼力です。


本当に、人間、見抜く眼力がないとね。

見抜いて行かなかったら、振り回されっぱなしになってしまいます。

リーマン・ショックで不況が来て、一時、テレビで証券会社のアナリストだかがこう言ってました。

「もう、不景気が底をついたから」って。

でも、あれは、株が売れなくなったりして、自分たちに不都合があるから、明るいことを言ってるんであって。

そこを見抜かないと、いけませんよね。

それから、この前、テレビを見ていたら、ある人が、「これからの時代、学歴でどんどん差がつく」とか言っていました。

お金持ちの家の子供は、塾に行けるし、大学に行ける。

だけど、お金のない家の子供は塾にも大学にも行かせてもらえないから、どんどん格差が広がるんだとか、どうとか。

いうこと自体、別にいいんです。

それも、一つの考えですからね。

ただ、私はいいたい。

人には学校へ行く権利がある。

だけど、「学校へ行かない」という権利もあるんだよ、って。

世間の人は、常に片方だけが正しいように思うけれど、そうではないのです。

例えば、パティシエになりたいとか、コックさんになりたいとか、大工さんや商人になるために、早く社会に出たい人も、中にはいるんです。

ちなみにいうと、私は中学校しか、出ていません。

それでも、一応、日本で一番税金を払っています。

自分でいうのもなんだけど、私の家は豊でした。

私が望めば、高校でも大学でも、喜んで行かしてくれたのです。

ただ、私は「自分には、学歴は必要ない」と思っていたから、高校に行きませんでした。

だから、「高校・大学に行かない」という選択もあるのです。

「働いてお金を稼ぐ」という選択があります。

要は、他人が勝手に決めた「正しいと思い込んでいる選択」にしばられていると、苦しくなっちゃうよ、ってことです。

テレビは何かのマスコミに入っていることを、鵜呑みにしないで、しっかり自分の目で見抜いてください。

 

 

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虎を捕まえるより、罠を売った方が儲かる


人が困難や、何かに立ち向かおうとする時に、必ず「勇気」というものが必要になります。

でも中には、その「勇気」が出ない人もいます。

それで、「勇気が出ない人」はだめかというと、そうではありません。

勇気が出ない人は「勇気が出ない」という才能なんです。

そういう人は安定を求めます。

そして、その安定の中から魂を成長させる人なんです。

だからちゃんと真面目に会社勤めして、そこの中で幸せになって、そして魂を成長させればいいんです。

いくら「こうやった方がいいよ」と言ってもやれない人は、そのことを「やれない」という才能なんだよね。

あなたの最高の幸せのために、「やれない」とか「勇気が出ない」とかそういうことが、あなたの中に組み込まれているんです。

そういう人は自分のできることの中で魂を成長させていると、結果は必ずよくなります。

「大きな目標」を追い求めるのも才能だけど、「小さな幸せ」を追い求めるのも才能なんです。

だから、それを否定するよりいかした方が、必ず上手くいきます。

私の話を聞くだけで、何も行動や実践をしない人がいるんだけど、それはそういう「段階」なんです。

今、その人は「聞く段階」だから、今世は聞くだけでいいの。

知るだけでいいの。

行動できる人は「行動する段階」なんです。

それで、行動できない人はまだ来世があります。

私たちはものすごく長いスパンで「魂の修行」をしています。

だから、死んでも大丈夫だし、臆病でも大丈夫なんです。

勇気がある人は虎の穴に入って、トラの子供を捕まえてくることができます。

でも勇気のない人は罠を仕掛けるんです。

それで、虎を捕まえに行くよりは、罠を売ったほうが安全で儲かります。

臆病だから成功できないんじゃないの。

臆病は臆病を活かせばいいんです。
それを「勇気がなければいけない」

「努力家じゃなければいけない」

「やり始めたことは途中でやめちゃいけない」っていうのは間違いだからね。

途中でやめないで続けられる人は、それはそれで才能です。

だけど、私のように続かない人もいるんです。

だから続かない人は、その「続かない」という才能を生かせばいいんだよね。


人それぞれ容姿も性格も「才能」も違うよね。

持って生まれた「才能」はしっかり生かすんだよ。


他人の問題を自分の問題として捉える


私はお弟子さんに対してでも「これをしたらダメ」とかって言ったことがありません。

そもそも、神様はダメな人なんか作らないんです。

例えば、身内に問題を抱えた人がいるとします。

あなたから見たその「問題を抱えた人」のことを「ダメな人」と思うかもしれませんが、「神様はダメな人なんか作らないという目でその人のことを見てみてください。

そして、自分のできることで、その問題を解決する方法を考えてみるんです。

すると、それがなぜかうまくいったり、さらには同じような問題で悩んでいる人のために、そのことを本にしたら売れたりすることだってあります。

大切なのは、その問題を抱えた人を変えようとするのではなく、自分のできることを考えることなんです。

そして、自分にとっての問題を「嫌だ、嫌だ」というのではなく、活かすことを考えればいいの。

「活かす」こと「直す」ことは違います。

何か問題があった時に感情と感情がぶつかると怒りが湧いてきますが、「そうだよね、わかるよ」って言ってあげればぶつかることもありません。

それで、その問題を抱えた人がその問題を治そうとするかどうかは、それは当人の問題なんです。

じゃあ、そういう人のことは仕方がないとか、放っておくとか、そうではないんです。

その人が別の学びがあるから、そこで必ず学ぶんです。


人は変えようと思っても変わらないからね。

まずは自分が変わって見るの。

そうすることによって問題も解決されていくからね。

 

 

川の水は山にぶつかっても穴を開けようとしない


私は真実のことだけを大切にしながら生きてきました。

それで累計納税額日本一になって、講演会をやったらどこの会場でも満員になって、おかげさまで本も売れ続けています。

私の言っていることは、世間が言っていることと、かなり違うかもしれません。

世間の人は「高校ぐらい卒業しておかないとだめだよ」って言いますが、私は受験することすら嫌だったんです。

川の水は山にぶつかったら穴を開けようとせず、その横を流れようとします。

要は海に着けばいいんです。

私たちは魂が成長して、それで豊かで幸せになればいいんだよ。

それを世間で学校に行って頑張って勉強して、努力してっていう方向に向けようとします。

神様は私にだけ「えこひいき」して才能を与えてくれたのではありません。

みんなそれぞれに必要な才能を与えています。

だから、私が漢字を覚えられないのも、それは神様が与えてくれた立派な才能なんです。

大事なのは、その才能を生かすことを考えればいいんだということです。

貧乏ならその貧乏を活かす。

貧乏ということは、それだけでお金を取られたり、失くしたりする心配がありません。

それに、守るものがないんだから、保守的になる必要もないんです。

何をやっても増えるだけなんだよね。

だから大丈夫なんです。

そして、それを聞いてもやる気が起きないんだとしたら、その人は会社勤めが向いてるの。

そこで魂が成長する人なんです。

どんな川の水だって、ちゃんと海に行けばいいんだよ。

 

追記 深いところを映し出す「鏡の法則」


自分が今世で決めてきた問題からは、絶対に逃れることができません。

だからそういう問題から一時的に逃げられたとしても、また別の、本質的に同じ問題が現れたりするんです。

例えば、勤めていた会社で人間関係が嫌だからといって辞めると、また別の会社で同じような人間関係の問題が起こったりします。

このように人間関係で嫌なことが続くんだとしたら、それは自分の中にそうさせるものがあるのです。

「上司が私に意地悪するんです」っていう人も、その意地悪をされた人が上司になった時に、同じことをやりかねない性格だから、そういうことが起こるんです。

これを「鏡の法則」といいます。

「自分が好意的に接すれば、相手の好意的に接してくれる」とか、

「相手に対して苦手意識や敵対意識を持っていると、

相手もその人に対して同じような感情を持つ」というのは表面的な話で、「鏡の法則」はもっと難易面的に深いところまで映し出すことがあるんです。

例えば「威張っている人を見るとすごく腹が立つ」人というのは、自分の心の中に、人の上に立った時に威張ってしまうという性格があるんです。

または、自分が威張りたいのを抑えてる。

抑えてるから余計に、相手が威張ると腹が立っちゃうんです。

鏡は自分の姿をそのまま映してくれるよね。

あなたの中の鏡は何を映してくれていますか。

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斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

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