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斉藤一人さん 品

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結局、品っていうのは、心が表れたものなんです。

心が言葉や態度に表れて、それがその人の品として表れるんです。

 

 

 

人間はどこまでも進化できます。

際限がありません。

だから学びにも終わりがないし、

行動にも終わりがないんです。

人生が死ぬまで学びなんだとしたら、

苦しみながら学ぶより、

楽しみながら学んだ方がいいよね。


品をあげるのは誰のため?


「運」とは、周りの人とか、世間が味方してくれて、神様も味方してくれることだと思うんです。

それで、品が上がれば自分が喜ぶし、周りも喜ぶし、神様も喜びます。

自分が喜んで、周りも喜んで、それで神様も喜んでいるのに運が良くならないわけがないよね。

もし運が悪くなったんだとしたら、それは本当の意味での品が上がってない証拠です。

そもそも、品をあげるのって自分のためなんです。

中には他人の品をあげようとして「あなたはこうしなさい」とか「ああしなさい」といちいち、未熟な人に怒ったり、注意したりする人がいます。

でもこれって、すごく品が悪いことなんだよ。

本当に品がいい人って、言い方も品がいいから、相手がそのことを聞けるんだよね。

それから、できない人を軽蔑したような目で見たりとか、そういうのも下品だよね。

「こういう人と接したい」とか「聞いたら丁寧に教えてくれた」とか、上品ってそういうことだと思うんです。

つまり、自分に優しくて、人にも優しくできる人だよね。

「運」て運ばれてくるものだから、そういう優しい人には周りの人が色々な良い事は運んでくるし、神様だってご褒美をくれます。
逆に自分に厳しく、他人にも厳しい人には「こういう人とはあんまり、接したくない」と思うから、良い事が運ばれて来ないし、神様もご褒美を与えることができないんだよ。

だから、「最近、運が悪いな」と思ったら、「自分に厳しくしてないか、他人に厳しくしてないか」って考えてみるといいよね。

「自分に優しく、他人にも優しく」

これが「品」も「運」も上げる一番のコツなんです。


自分にも相手にも重荷を背負わせない生き方


「自分に優しく」というのは、言い換えれば「自分の肩の荷が下りるような生き方」なんだよ。

それで、「他人にも優しく」というのは、「うまくいったことを人に教えて、自分が幸せだなと思うことを人にも自分のできる範囲でやってあげること」なんだよね。

ただ、自分のことを利用してる人や、騙そうとしてる人とか、嫌な人にまでそういうことをやってあげたり、相手の機嫌をとったりする必要はないんだよ。

それじゃ、自分が可哀想だからね。

自分の荷物はおろすけど、その荷物を相手に背負わせるんじゃなくて、自分も気楽に生きられるけど、相手も気楽に生きられるような話をすること。

心の荷のおろし方を教えてあげたりとか、相手の荷がおりるようなことを言ってあげたりとか、降ろしてくれた人がいたらお礼を言うとか、相手がその荷を背負ってくれることに感謝するとか、それが「品がいいこと」であり、「運気が上がること」でもあるんだよ。

要するに、「自分が幸せになって、相手も幸せになること」を考えて、行動すればいいんだよね。


「運」と「病」の関係性とは?


体を整えたり、健康を維持したりすることって大事です。

ただそのことと、「品がいいこと」や「運が良い事」は直接、関係ありません。

何故かっていうと、病人だけど品のいい人っているよね。

自分が病気だろうが、健康だろうが、自分がうまくいってる時も、嫌なことがあって落ち込んでいる時も、品良くすることはできるんだよ。

本物っていうのは、逆境の時にそれができるかどうかなんだよね。

だから、病気だからとか、体が整っていないから運が下がるとか、品がさがるというものじゃないんだよ。

ただ、生活習慣の乱れや考え方の間違いがあると、そこから病気になることはあるし、その病気が原因で気が落ち込んで、そのせいで自分の品や運まで下げちゃう人がいるよね。

だからやっぱり、普段から体を整えることや健康を維持するように心がけることは大事だし、もし病にかかっても「気」を落とさずにいれば「病気」も治りが早いし、ひんもうんも落ちないよね。

それと、健康を維持するために適度な運動はした方がいいの。

ただ、やり過ぎるのはいけないし、全然やらないのも行けないよね。

人間の体って使わないと衰えていくし、使いすぎると壊れるんです。

何でもそうだけど、ほどほどが一番いいんだよね。


強運の人がやっていること

 

先日、「品がいい人、運が強い人が日々、心がけている事って何ですか?」って聞かれたんだけど、他人がどうしているかは知りませんが、私が心がけていることといえば、「いつも楽しそうにしてる」とか、「自分にできる範囲内で人に優しくする」ことなんだよね。

それも、「優しくしよう」とか「優しくしなくちゃいけない」と思ってしてるんじゃなくて、「自分のできる範囲で人に優しくするのは当たり前だ」と思ってるんです。

他の品がいい人、運が強い人がどんなことをしてるかは聞いたこともないので分からないけど、おそらく似たり寄ったりじゃないかな。

それと、「自分の機嫌を自分でとれる」ということもそうだと思うんです。

自分の機嫌を自分でとるということは、自分がどうすれば機嫌が良くなる彼を知ってるんだよね。

だから、人にもできるんだよ。

逆に自分の機嫌も取れない人が、本当の意味で人を機嫌良くすることってできません。

おべっかを使ったりして、人を一時的に騙して機嫌よくさせることはできるかもしれないけど、それは本物ではないよね。

品のいい人って、相手のことも品よく理解するの。

逆に品の悪い人は、相手も品悪く理解するんだよ。

最初は人の粗探しばかりしてた人が、自分自身の品が上がってくると、相手の良いところが見れるようになってくるんです。

いつもブスっとしている人が、笑顔の訓練な顔しだすと、相手からも品よく見られるし、そうすると相手の態度も変わります。

すると、相手のいいところが見えて、結果的に品よく見えるんだよ。

それで、一人さんが昔からそれができていたとしたら、きっと前世から行ってたんだよね。

だから、今世、難なくできちゃう。

いずれにしろ、練習が必要なんです。

結局、あなたの考え方でものの見方が変わって、品良くしてると他も品よく見えて、そうすると運気もあがって、いいことが次々と起こるようになる。

上品な人で、その上品に揺るぎのない人が下品な人と会うと、その下品な人まで上品になるの。

逆に、覚悟のない人が下品な人に会うと、その下品な人に引きずられちゃうんだよ。

だから、上品になりたければ「上品でいるぞ」という覚悟が必要なんだよね。


品とは美的感覚につながる


同じことを表現するのでも、上品な人と下品な人がいます。

だから、できるだけ上品な答えを出すようにすればいいの。

それも、今、20点の上品さだとしたら、次は21点になるようにすればいいんだよ。

100点を目指すのはいいけど、急に100点は取れないからね。

常に「もうちょっと上品な表現はできないだろうか」って考える。

そうやって、少しずつでもいいから自分の品を上げる工夫をするんです。

私よりも上品な人から見たら「一人さんと下品ね」て思うかもしれません。

でも、急には変えられないから、今が50点だとしたら51点を目指す。

そういう風にしていくしかないんだよ。

上品も下品も、ある意味では美的感覚なの。

上品なことを「美しい」と思う人は上品になるし、下品なことが「楽しい」と思う人は下品になるんだよね。

お金持ちでも上品な人と下品な人がいるんです。

それって、お金持ちになって威張っている人を見て、「ああいう風になりたい」と思う人と、そうでない人の違いなんだよ。

そう思っていた結果が、その人のやることなの。

お金持ちで威張っている人を見て「ああいう風になりたくない」と思った人はやらないし、「羨ましい」と思った人はお金持ちになったら同じように貼るんだよね。


美的感覚って、ある意味、何代もかけて身につけていくものなんです。

例えば、威張っている人を見ていいなと思って、威張ってたら友達がいなくなったとか、そういう間違ったことをしてたら、神様が失敗というプレゼントをくれるんだよ。

その失敗しながら学ぶ人と、最初から「あんなのが嫌だ」って思う人がいるの。

それで結局は、人は皆、最終的に上品な方に向かうようになってるんです。

ただ、場合によっては何代もかかる人もいるんだよね。


心が表れたものが品となる


いつの時代でも、品をあげることって大切なんです。

ましてこれからは「魂の時代」に入って、戦争もなくなって平和が続く時代になっていきます。

昔は食べ物もなかったから、人々がそれで苦しんだり、それが原因で争いが起こったりしたんだよね。

では今、表現は適切じゃないかもしれないけど、ホームレスの人でさえ太ってる時代なんだよ。

昔だったら「子供を食わせるために何をやってもしょうがない」っていうことがあったけど、今の世の中豊かになったから、自分も良くて、子供にもよくて、周りにも世間にも良いことができる時代になったんです。

「品」に関しても、昔は「お金持ちは上品。貧乏人は下品」とか、「貧しいから下品でもしょうがない」みたいな考え方や見方があったけど、今は物質的に豊かになって、着る服でも安くても高そうに見える服がいっぱい売ってるんだよ。

結局、品っていうのは、心が表れたものなんです。

心が言葉や態度に表れて、それがその人の品として表れるんです。

だから、貧しさに心が奪われていたら下品になるし、お金がなくても心が豊かな人は上品なことを言うし、上品な振る舞いをするんだよ。

ある人が「品はお金で買えますか?」って聞くんだけど、、自分が「上品な話し方をしよう」とか「上品な振る舞いをしよう」っていうのは、お金では買えないかもしれないけど、習ちゃいけないということでもないよね。

でも、それは心の中で「上品になりたい」と思うから習いに行くの。

お金で買えるか、買えないかというのは考え方の問題で、「教わった方が早い」と思う人にとっては、その一部はお金で買えるものでもあるんです。

だからやっぱり、「考え方」というのが一番重要なんだよね。

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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