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斉藤一人さん 一人さんとお姉さんの「子供の頃の思い出」

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ある時いつものように、すりおろしりんごを持っていくと、一人さんがこんなことを口にしました。

「お姉ちゃん、いつも、ありがとう。

 お姉ちゃんのことは、オレが一生、守ってあげるからね」

姉として、ささやかなことをしただけなのに、こんなにまで感謝して、泣かせることを言ってくれる。

 

 


小さな布団に光が差した!


私と一人さんが育った家庭は、一風変わった家でした。

父は無類の「遊び好き」。

民謡などの歌が抜群に上手で、旅が好きで、しょっちゅう旅行に行っていました。

一方、母は無類の「働き者」。

商売上手な母は、クリーニング店、小料理屋、旅館など、次々商いを発展させていきました。

そんな両親の間に、私と一人さんは生まれました。

母は朝から晩まで働いていて、家でのんびりすることは、ほとんどありませんでした。

家には7人兄弟の他に、母の商売の従業員の人たちが、たくさん住み込んで働いていました。

そんな中で、私と一人さんは育ったのです。

私が8歳の時に、一人さんが生まれましたが、小さい頃の一人さんは、とても体の弱い子でした。

しょっちゅう病気をしていて、布団から起き上がる気力も無かったので、ずっと寝ていた記憶があります。

一人さんが、まだ赤ちゃんだった頃の話です。

ある日、一人さんの体があまりにも衰弱してしまい、「この子は、もう今日で終わりだろう・・・・・・。最後だから、綺麗な着物を着せてやろうよ」と、お宮参りの時の着物を出してきて、着せようとしていたのをはっきりと覚えています。

近所の人たちも、お医者さんも、「斉藤さんの家の、あの末っ子の男の子は、とても二十歳までもたないだろう・・・・・・」と噂をしていました。

私は、弟が寝ている間に、死んでしまっていないか心配でたまらず、しょっちゅう弟の寝顔をのぞいて、ちゃんと明記をしているかを確認するのが日課でした。

ある夜、弟が寝ている部屋のふすまをそっと開けて、いつもの通りのぞいてみると、びっくりするような光景を見たのを覚えています。

弟が寝ている小さな布団の上に、天から光がパーッと差し込んでいたのです。

こんな光景は、見たことがありませんでした。

その光が何なのか、幼い私には分かりませんでしたが、なんとなく人には言ってはいけないよことのような気がして、誰にも言いませんでした。

「きっと、弟は、神様に守られているんだね・・・・・・。

 神様、弟のことを、どうぞよろしくお願いします」

幼い私はそう思い、心の中で祈り続けました。

私の思いが届くかのように、弟は命を落とすことはなく、小学校に上がることができました。


すりおろしりんごの思い出


弟は小学生になりましたが、それでもやっぱり体が弱く、ほとんどの日を、布団に寝たまま過ごしていました。

その頃、私の母はの商売はますます忙しく、朝から晩まで仕事に明け暮れていたので、弟の具合が悪くなると、私が様子を見に行くことが常でした。

「そうだ、りんごをすりおろしたものだったら、食べられるかもしれない・・・・・・」

私はお小遣いを握って、りんごを買いに行きました。

当時、リンゴなどの果物は、高級品でした。

今のようにスーパーや果物屋さんなどで手軽に売っていない時代です。

限られたお店にしかありませんでしたが、それでも病気の弟を喜ばせてあげたくて、色々なお店を探して回りました。

やっとひとつのリンゴを手に入れると、おろし金ですりおろして、弟のところに持って行きました。

「はい、ボクちゃん、りんごだよ」

私は当時、一人さんのことを「ボクちゃん」と呼んでいたのです。

私がすりおろしりんごを差し出すと、一人さんはにっこり微笑んで、

「お姉ちゃん、ありがとう」

「お姉ちゃん、美味しいよ」

と、美味しそうに食べます。

弟の喜ぶ顔を見るのが、私にとっても幸せなひとときでした。


ある時いつものように、すりおろしりんごを持っていくと、一人さんがこんなことを口にしました。

「お姉ちゃん、いつも、ありがとう。

 お姉ちゃんのことは、オレが一生、守ってあげるからね」

姉として、ささやかなことをしただけなのに、こんなにまで感謝して、泣かせることを言ってくれる。

「ボクちゃん、ありがとね」

私は何とも愛おしくなって、弟の小さな頭を、優しくなでました。

しかし、この時の一人さんのことをはが本当になる時が、50年後に行ってこようとは・・・・・・。

この時の私には想像もつかなかったのです。


どろぼうに「寒いから中に入りなよ」


一人さんは小さい頃から、本当に優しい子でした。

いつも穏やかで、私と喧嘩したことも、一度もありません。

何かを欲しがったり、わがままを言ったりすることも、全くありませんでした。

お腹がすくと、誰かに訴えるでもなく、自分で冷蔵庫を開けて、何かを出して食べていました。

食べ終わると、お皿もきちんと自分で洗って片付けます。

そんな一人さんを見て、母も、「ボクちゃんは、本当に手がかからない子だね。何も欲しがらないし・・・・・・。いい子だ、いい子だ」といつも褒めていたのを覚えています。

ある日、我が家に泥棒が入りました。

当時、我が家はクリーニング屋をしていたので、2階に大きな物干し場がありました。

その物干し場の横が、当時、小学生だった一人さんの寝室だったのです。

一人さんが寝ていると、物干し場に人影が見え、扉を開けると一人のおじさんが寒さに震えながら立っていたそうです。

それを見た一人さんは、思わず、

「おじさん、寒いから、中に入りなよ」

と声をかけたのだとか。

その「おじさん」は、一人さんにさそわれるまま、部屋の中に入ってきました。

一人さんは、

「おじさん、寒そうだから、僕の布団の中に入りなよ」

と布団をすすめ、その「おじさん」と同じ布団で寝ていたそうです。

しばらくしてから、一人さんが階下のトイレに行こうと布団を出ると、その「おじさん」は、ひとりさんが親に自分のことを言付けに行くと思ったのでしょう。

ものすごい勢いで、一人さんの後を追いかけてきたのです。

その足音にびっくりした家族が飛び起き、結局、その「おじさん」は逃げていきました。

それにしても・・・・・・。

これから、泥棒に入ろうとしている人にまで親切にするとは・・・・・・。

でも、小学生だった一人さんと、知らない「おじさん」が、仲良くふたりでひとつの布団にくるまって暖をとっているところを想像すると、なんだか微笑ましくて、思い出すたびに笑いがこみ上げてくるのです。


放課後の人気者


小学生の半ばになっても、一人さんは相変わらず病弱でした。

朝、起きられず、学校に遅刻してしまうこともよくありました。

ふらふらと家を出て行こうとするので、冬至、中学生だった私は、

「ボクちゃんは、ちゃんと学校に行っているのかしら?」

と心配になり、こっそり後をつけて行ったことがあります。

一人さんはまっすぐ小学校の校門に入って行きました。

一人さんの教室をのぞくと、みんなが着席して勉強している中で、一人さんが一人で机と机の間の通路に立っています。

そして教室の中をゆっくりと歩き、色々な友達と笑いながら、何か話している姿が見えました。

学校には勉強しに行くというより、友達に会いに行っているような様子でした。

放課後になると、毎日、たくさんの友達が家にやってきました。

一人さんを囲んで、みんなで喋ったり、笑ったり。

ついには担任の先生まで遊びに来て、おしゃべりして帰るようになりました。

ちなみに一人さんは、子供の頃から、女の子にもモテモテでしたよ。

姉の私が言うのも変ですが、少年時代の一人さんは、本当にかっこよかったのです。

我が家の前には、クリーニング店の看板があったのですが、そこに電話番号が書いてあったのです。

他の学校の女の子が、こっそり一人さんの後をつけてきて、看板の電話番号を見て、電話をかけてくることがしょっちゅうありました。

そうすると、住み込みで働いている従業員の若者たちが、女の子からの電話を奪いあい、「私は一番番頭でございます!」「私は二番番頭でございます!」「坊ちゃんに何の御用ですか?」などと電話をまわし、一人さんはそんな皆のことをいつも笑顔で眺めていました。

とにかく、一人さんの周りには、自然に人の輪が出来ていました。

そんな不思議な魅力のある少年だったのです。

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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