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斉藤一人さん どんな状況になっても、豊かな感性を持つと楽しい

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幸せとは、どんな状況でも、どんなことが起きても、

「自分が幸せだと思っているかどうか」なんです。

 

 

斎藤一人さんは「上機嫌」を「上気元」と書きます。

 

 


どんな状況になっても、豊かな感性を持つと楽しい


普段の生活の中でも、豊かな感性を持つと、いくらでも幸せって見つけられるんです。

「朝、目が覚めて幸せ」だとか、「朝ごはんが食べれて幸せ」だとか。

「道端に咲いてるタンポポが綺麗だな」とか、「散歩の途中、朝顔が咲いてて綺麗だな」とか。

豊かな感性を持つと、毎日が本当に楽しいんです。

こういう話をしていると、中には「一人さんは大金持ちになったから、幸せな出来事が多いんですよ」っていう人がいます。

それは違いますよ。

一人さんは、お金のない時から幸せだったんです。

幸せとは、どんな状況でも、どんなことが起きても、

「自分が幸せだと思っているかどうか」なんです。

私はたとえ病気をしていても幸せなんです。

前に、病院に入院していたことがあるんだけど、一人さんの病室だけ看護婦さんがいつもいっぱい集まってきていたんです。

「一人さんの話を聞きたい」って、みんな仕事を抜けてきちゃうんです。

私はいつも看護婦さんに囲まれて、まるでハーレムのようでした。

その時、一人さんは、看護婦さんのことを看護婦さんだって、思わなかった・・・・・。

「女の子がコスプレして、逢いに来てくれたんだ」って思っていたの。

そうやって考えてると楽しくて、入院していても、ずっと「上気元」でいられたんです。

人間って、どう考えてもいいから、自分の機嫌を「上気元」に持って行くんです。

自分の機嫌を、自分で取って行くの。

これができないと、周りが迷惑するんだよ。


幸せは誰かと分けるものではない
幸せとは、「自分の心で感じるもの」


私には姉さんがいるんだけど、その姉さんがね、この前まで不幸だったんです。

どうしてかというと、私が「姉さん、幸せになんなよ」って言うと、姉さんはすぐ「私はいいから、お前幸せになんな」って言っていたんです。

「私はいいから、みんなが幸せになってね」って。

「私はいいから」・・・・・・。

この考え方がおかしいの。

幸せって、人と分けるもんじゃないんですよ。

饅頭を人と分けるのと訳が違うんだよ。

幸せとは、その人が自分で気づくもの。

幸せとは、その人が自分で感じるもの。

だから、その人が「幸せになろう」と思ったら、いくらでも自分で感じることができるんですよ。

あとね、「こんなに幸せになっていいのかしら・・・・・・」とか、「幸せになると、次は不幸が来るようで怖い」って言う人もいます。

幸せの次には、幸せが来るんです。

普通は「あざなえる縄のごとし」って言って、幸せの後は不幸せが来て、不幸せの後は幸せが来るって言われています。

なぜ、そうなるのでしょうか?

それって、「私は幸せになったから、次は不幸の番ですね・・・・・・」って、待ってるからなんですよ。

その人が待っているから、予想通り、不幸を呼び寄せるんです。
幸せなことがあった後も、「今日もいい日だなあ」とか、「今日も最高だね」とか、ずっと

「上気元」にしていたら、ますます幸せがやってくるんです。

幸せというのは、「上気元」にしている限り、立て続けにやってくる。

この「上気元の奇跡」に気づいた人は、いくらでも幸せがやってくるんです。


自分で自分を褒めるといくらでも「上気元」でいられる


一人さんは「威張っている人」が大嫌いです。

どのくらい嫌いかというと、ゴキブリよりも嫌い。

だから、お弟子さん達にも、いつも言っています。

「絶対に威張るなよ」

「自分より弱い立場の人に威張るって、最低なんだよ」って。

威張る人って、「不機嫌」なんです。

いつもイライラしていて、自分の心が満たされていないんです。

自分のことを「価値ある人間だ」と思うことを「自己重要感」って言います。

威張っている人は「自己重要感」が足りないの。

だから、自分よりも弱い人に威張ることで、その人からエネルギーを奪って、自己重要感を埋めようとする。

そういう「エネルギーの横取り」って、絶対にいけないんだよ。

自分の中のエネルギーが足りなくなったら、自分で自分を褒めればいいの。

特別な事をしなくても、その日、自分がやったことを何でもいいから褒めればいいんです。

「今日も、子供に笑顔で接して、偉かったね」とか。

「満員電車に揺られて会社に行って、偉かったね」とか。

そうやって、自分で自分を褒めていると、だんだん自己重要感が満たされてくるんです。

それで、ずっと「上気元」でいられるんです。

 

「言葉の魔法」で、毎日、「最高のご飯」を食べられる


ご飯を食べる時に黙って食べたら「ただのご飯」だけど、「おいしいね」って言って食べたら「美味しいご飯」になるんです。

「美味しい」って言葉に出すと、本当に美味しい味に思えてくる。

これも「言霊の魔法」です。

例えばコロッケを食べてる時に、黙って食べると、「ただのコロッケ」なんですよ。

「これは最高のコロッケですね!」って言って食べると、「最高のコロッケ」の味がするんですよ。

「今日のカレー最高だね」って言って食べると、300円のカレーだって「最高のカレー」になるし、「ここの牛丼は最高だね」って言って食べると、280円の牛丼だって「最高の牛丼」になるんですよ。

だから最高の食事なんて、わけないの。

「今日のご飯、最高だね」って言えばいいの。

言っていると、本当に「最高に美味しい味」になる。

人間の脳はそういうふうにできているんです。

一人さんは「言霊の魔法」で、毎日、最高のご飯を食べているんです。

それを「こんなつまんないもの食って」とか「今日はこんなものしかなくて・・・・・・」とか言うから、言った通りになるんです。

中華丼も、「中華丼なんか・・・・・・」って言っちゃダメなんですよ。

中華丼は野菜もお肉もご飯も一皿に入っていて、あんなに美味しくてお得な料理はありません。

だからひとりさんは中華丼を「単品満漢全席」って呼んでるんです。

ちなみに吉野家の牛丼は、「料亭吉野の牛丼」って呼ぶの。

そうすると高級感がグッと増すでしょ。

こうやって勝手に名前をつけて、楽しくすることが大事ですね。

「美味しいね、美味しいね」
「最高ですね!」って言いながら食べていると、本当に「美味しい!」とか「最高だ!」っていう気持ちが満ちてくるんです。

常に「最高のご飯」を食べて、「上気元」でいてくださいね。

「このおみおつけ、美味しいね」

「おばあちゃんが作ったものって、最高だね」って言って食べてると、一緒に食べてる人にも、その気持ちが連鎖するんです。


不機嫌に玄米菜食するなら何でも感謝して食べて「上気元」がいい


「体のために、玄米菜食してるんです」って言う人がいます。

その人が、楽しく玄米菜食しているなら、いいんです。

でも、あんまり楽しくなさそうな顔で、玄米をもそもそ食べている人がいる。

スーパーに買い物に行っても、棚に並んでいるもののラベルを片っ端から見て、「これは添加物が入ってる」とか、「これは農薬が何回かかってる」とか、不機嫌そうな顔で買い物をしています。

そのうち人にまで、「こんなに体に悪いもの食べるのやめなさい」とか、「玄米が一番いいから食べなさい」とか言う人がいる。

それって、楽しい食事でしょうか?

私は、自分の体のことを考えていますが、今は玄米は食べていません。

いつも白米を、美味しく頂いています。

そして、お肉も、美味しく頂いています。

野菜も、美味しく頂いています。

パンも、お菓子も、美味しく頂いています。

何でも美味しく「ありがたいな」っていただいて、それで、いつも「上気元」なんです。

玄米菜食について、あれこれ言うつもりはありません。

でも、不機嫌に玄米菜食をするのなら、なんでも感謝していただいて、「上気元」でいる方がいい。

私はそう思っているんです。

 

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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