それは何かというと、楽しくてラクな道を選ぶ、ということです。
- 生きている以上、人は何かをしなくてはなりません。これは万人に共通する『定め』です
- 楽しくてラクな道が正解です
- どちらが楽しくてラクな道か、考えてみてください
- 「楽しい」を抜いて「ラクだけ」だと残念賞です
生きている以上、人は何かをしなくてはなりません。
これは万人に共通する『定め』です
顔に艶があるといいよ。
キラキラ光るものを身につけるといいよ。
天国言葉を口癖にしようね。
そうすると、「もっと、しあわせ」になれますよ──私はそう言います。
でも、それだけやってて、ご飯を食べなかったら餓死してしまいますよね。
それって、悲しいことでしょう?
これは、極端な例ですけれど。
でも、本当に顔のツヤとかキラキラ、天国言葉だけやっていればいいわけではなくて、他に何かをしなきゃいけないのです。
楽しくてラクな道が正解です
他にも何かしなきゃいけないって、何だろう?
この問いの答えは、人それぞれです。
今、置かれている状況はみんな違うし、それぞれ生きる定めが違うからです。
ただ、一つだけ、私にアドバイスできることがあります。
それは何かというと、楽しくてラクな道を選ぶ、ということです。
どちらが楽しくてラクな道か、考えてみてください
季節は秋。
コツコツ冬支度を進めるアリさん。
「らくして生きた方がいいよ」と遊んでばかりいるキリギリスさん。
本当に楽しくてラクなのは、どちらですか?
仲間と山に遊びに来ているのに、「自分は本当は海が良かったのに」「山菜料理は食べたくない」とぶつぶつ言っている人。
本当は海に行きたかったけれど、諦めて山の楽しさを見つけ、山の美味しさを味わおうとしている人。
本当に楽しくてラクなのは、どちらですか?
納豆ご飯に「なんだ、こんなもの」とケチをつけて箸をつけない人。
「美味しいね」と言いながら食べる人。
本当に楽しくて楽なのは、どちらですか?
日が沈み、部屋が暗くなったので、自分が率先して明かりを灯す人。
周りの人が明かりをつけてくれると期待して、自分は「暗い、暗い」と文句を言いながら明かりが作るのを待っているだけの人。
本当に楽しくてラクなのは、どちらですか?
キリギリスさんは、後で辛い目にあいますよね。
だから私はありちゃんの方が楽しくてラク。
山に来たら山の楽しさを見つけた方が楽しくてラク。
納豆ご飯を「美味しいね」と言いながら食べて、暗くなったら自分が明かりをつけた方が楽しくてラクだと思っています。
でも、私は「あなたも、絶対にこの考え、こういう生き方じゃないとダメなんだよ」と強制するつもりはありません。
なぜなら、あなたは私ではないし、私はあなたではない。
それで、人は人を変えられないのです。
変えられないものを変えようとした時、変えようとした本人も、その相手もお互い、ものすごい苦労を味わうことになっています。
だから、私は自分が楽しくてラクだと思う方を選びます。
不器用にガンガンぶつかって生きるのも、
波乱万丈のドラマがあっていいのかなと思いますけれど・・・・。
でも、よけられるものは、よけた方がいいかな?
自分のためにも、みんなのためにも、それがいい。
「楽しい」を抜いて「ラクだけ」だと残念賞です
例えば、お客さんに喜ばれること、「ありがとう」と言われることをやっていれば、仕事はうまくいくようになっています。
だから、まず「お客さんに喜ばれることは何かな?」と考えて、それをやることが大事です。
ただし、仕事はボランティアではありません。
「どうやったら利益が出るか」も考えていけません。
「ふむ、大変ですね」って、大変ではありません。
この2つを同時に考えながら仕事をするから、「仕事は楽しい」のです。
商人が一瞬でも「儲からなくていい」という怠け心を持つと、「儲からない仕事は楽しくない!!」ということが、しみじみわかる修行がやってきます。
仕事以外でも「楽しい」を抜かないで「楽しくてラク」が正解ですよ。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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