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斉藤一人さん 何十年かかっても、一歩足を踏み出す人が成功する

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足を一歩踏み出すのにたった10分でできる人もいるし、20年かかる人もいる。

人はそれぞれだけど、それでも足を出し続ける努力をした人が勝ちなんです。

 

 

 

何十年かかっても、一歩足を踏み出す人が成功する


結局、成功する人生を送りたかったら、上を目指して行動するしかありません。

もしかしたら間違っているかもしれないと、怖くてブルブル震えながらも、とにかく足を出して、一歩踏み出してみる。

そうしないことには、間違っているかどうかも分からない。


踏み出してみて人にしか、間違いを正して上に進むことはできないんです。


こんなお弟子さんがいました。

私はその人を幼稚園児の頃から知っていますが、とにかく気弱で、優しくって、いじめられっ子で、しょっちゅういじめられては泣いて帰ってくる女の子でした。

「明日はいじめっ子にやめてってちゃんと言うんだよ」

と言い聞かせて送り出しても、やっぱり泣かされて帰ってくる。

「やめて」という一言が言えなくて、ずっといじめられてきた人です。

そんな気弱のお弟子さんが、この間、携帯電話のショップで、店員さんを怒鳴っている怖いおじさんに、面と向かって注意したそうなんです。

それを聞いて、私はたまげてしまいました。

一緒にいた人の話によると、おじさんは店員さんをずっと怒鳴っていたそうです。

すると突然、近くにいたそのお弟子さんがすくっと立ち上がって、

「もうやめなさいよ!」

とおじさんを一喝したそうです。

おじさんに一喝ですよ。

あの気が弱くて、優しくて、いじめっ子に「やめて」という一言がずっと言えなかった弱虫の女の子が。

結局、この人は長い時間をかけて小さな「やめて」をい続けてきた人なんです。

怖くて怖くて、最初はいじめっ子がいないところで「やめて」と言ってみたり、心の中でそっと呟いたり。

そのうち小さな声で言えるようになって、ちょっとずつ大きな声で言えるようになって、ようやく20年かけて、怒鳴っている怖いおじいさんに「やめなさいよ」とちゃんと言えるまでに成長した。


足を一歩踏み出すのにたった10分でできる人もいるし、20年かかる人もいる。

人はそれぞれだけど、それでも足を出し続ける努力をした人が勝ちなんです。


「こんなこともできないの?」

と言ったって、出来ない人もいます。

その人にはハードルが高すぎるんだから、もっとハードルを低くして、小さな一歩から始めればいい。


大切なのは、怖くても一歩足を踏み出してみること。


そうやって一歩を踏み出して行動し続けた人が、何十年かかるか分からないけど、自分を成長させて、自分なりの成功を手にできるんです。

思い出してみましょう。

私たちが生まれてきたのは魂が成長するため、でしたよね。

だとしたら、大金持ちになろうが、会社を大きくしようが、有名になろうが、本当はそんなことはどうでもいい。

大切なのは魂が成長したかどうかということ、小さな一歩でもいいからそれを刻んで、魂が成長したかどうかということ。

究極、成功とは何かと聞かれたら、魂が成長することなんだと私は思っています。


幸せになるには


幸せとは「思い」なんですね。

幸せだと思う「思い」のこと。
1000万円あって幸せだと思う人もいれば、1000万円あっても不幸せに思う人もいる。

いい学校に入れて幸せな人もいれば、不幸せな人もいる。

幸せとは「状態」じゃなくて「思い」

だから、「幸せなんだ」と思えば誰でも幸せになれるんです。


幸せになりたかったら、自分らしく生きればいい


「幸せだと思おう」と思っても、思えないことがあります。

それは自分らしい生き方をしないで、無理して生きているからです。

例えば自分はたんぽぽなのにバラになろうとしたり、猫なのに虎になろうとしたりすると、無理をするから苦しくなっちゃう。


要するに、世間がいう幸せを幸せだと思って、それを自分に当てはめようとしているから苦しいんです。


これは私がよく言う例えなんですが、鮎は清流が好きです。

ドジョウは水が濁っているところが好きです。

どっちが正しいですか?って聞かれても、どっちも正しいんです。

鮎のいるところが正しくて、ドジョウがいるところが間違っているなんてことはない。

でも世間は清流が正しいって言うんです。

それを真に受けて、ドジョウが清流に行ったら、苦しくてたまらない。

私は会社を作って、日本で納税額一番に選ばれるくらいとても豊かになりました。

そんなにお金を儲けたら、普通は都心に大きなビルを建てて、社員をたくさん雇って、豪華な社長室を作るのかもしれない。

だけど私は自分が生まれ育った東京下町の新小岩にいるのが好きなんです。

ドジョウと同じで、おしゃれな都心より庶民的な下町が好き。

新小岩の居酒屋で、チューハイを飲んでいるのが幸せなんです。
鮎に「ここに来い」とは言いません。

あなたが鮎なら、都心に綺麗なビルを建てて、そこにいればいい。

私は下町の商店街を楽しく散策しているのが好き。

ここにいるのが私の幸せなんです。

鮎もドジョウもどっちも幸せ。

どっちが正しい幸せ、だなんて言えません。


幸せになりたかったら、自分らしく生きればいい。

たんぽぽなら、バラの花を咲かせようと思わないで、タンポポの花を咲かせたらいい。


それぞれの花を咲かせれば、人は誰でも幸せになるんです。


立派な人より、幸せな人になろう


私は自分の父親があまり好きではありませんでした。

父親は旅行ばかりしている遊び人でした。

家は商売をしていたので、母親はいつも忙しくて働いていました。

私は小さい頃をずっと母親が大変だと思っていた。

それは父親が母親に仕事を任せて、働かないからだと思い込んでいたんです。

だから子供の頃は、

「父親みたいな大人には絶対にならない」

と心に誓っていたものです。

ところが自分が大人になってみたら、

「あれ? もしかして親父の生き方は幸せなんじゃないか。

あんな生き方ができるなら羨ましい。

それに母は、仕事が面白くて大好きだったんだ。

今の自分と同じように・・・・・・」

と思っている自分がいたんです。

変ですよね。

あんなに父親が嫌いだったのに。

でもよく考えてみたら、私の父はいつも好きなところに旅行をして、それって最高じゃないですか。


世間的に見れば、私の父は立派な人じゃなかったかもしれない。

でも、幸せな人だった。


「立派な人」と「幸せな人」、どっちになりたいと言われたら、私なら迷わず「幸せな人」を選びます。

その方が絶対人生は正しいに決まっている。

私は楽しく、幸せに生きたいんです。

私は本を書いている時、いつも自分に言い聞かせていることがあります。

それは、立派なことは言わないこと。

立派なことを言うと立派に生きなきゃいけないんです。

立派に生きるのは大変ですよ。

立派じゃないことをしてばれるのも大変です。

綺麗な女の人を見ても、ニコニコできなくなりますし、新小岩の居酒屋でチューハイを飲んで騒いでもいられない。

「斎藤一人さん、この間、綺麗な女の人を見てニヤニヤしていましたね」

なんて言われたら、

「いつもあんな立派なことを言っているのに、全然違うじゃん」

とみんなから思われるかもしれない。
そんな人生は嫌ですよね。

だから、はなから立派なことは言わないようにしているんです。

それに世間はそれほど立派なことを私に求めていないんじゃないかと思います。

例えば「人間、顔じゃない」と正論を言いますが、大体は男も女もみんな綺麗な人が好きなんです。


だから無理をしなくてもいい。

立派じゃなくていいんです。


私は毎日、機嫌よく生きたいんです。

自分の機嫌がいいように生きる。

そうすれば、立派な人にはなれないけれど、幸せに生きられます。

でもこれはあくまで私の生き方であって、それが正しいとは思わないでください。

あなたが立派に行きたいなら、立派に生きてください。

私は自分が立派に生きられないというだけで、この生き方が正しいわけじゃないんです。

それぞれが生きたいように生きるのが、その人にとっては幸せな生き方なんです。


夢が持てない


夢は湧き上がるように出てくるものです。

自分の中にそれがなかったとしても、別に悪いことではないと思います。

夢があっても、なくてもどちらでもいい。

人生の目的は魂を成長させることなんだから。

今世で魂が少しでも成長する生き方をすれば、それでいいと思います。


目の前のことに一生懸命取り組んでいれば、夢は見えてくる

 

人の生き方には、夢をもって魂を成長させる人と、今、自分の目の前に起きている問題を片付けながら、魂を成長させていく人がいます。

つまり「人事を尽くして天命を待つ」か、「天命に任せて人事を尽くす」か。

私の場合は、大抵は後者になることが多い。

起きたことに対して全力で人事を尽くす。

そうすると、自然と魂が成長して、夢みたいなものもかなっているんです。

この間も、私のお弟子さんの仕事を手伝うつもりで、あるところに顔を出しました。

そうしたら、成り行きで私がその仕事をやることになっちゃったんです。

私はその仕事をやろうと思っていたわけではなかったけれど、やることになったからには全力を尽くす。

そうすると、面白いことにその仕事をやり遂げることが私の夢になるんですね。

最初はそんな仕事をやろうと思ったこともなかった。


でも目の前のことに一生懸命取り組んでいるうちに、その過程でやりたいことをが湧き上がって来たり、夢が見えてきたりするんです。


まさに「天命に任せて人事を尽くす」ということですね。

ということは、夢があっても、なくても、どちらでもいいってことです。

魂を成長させるために一生懸命やっていれば、それが夢を持つことにつながっていくんです。

 

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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