「人には人のお役目」、「自分には自分のお役目」があるんだよ
自分にしか果たせない役割を果たす。それを人は運命と呼ぶ
人は、みんな違って当たり前だよ。
違うことが正しくて、互いに「へえ、それもいいねえ」なんて言い合えることが楽しいんだよね。
例えば、誰かの話を聞いて、「素晴らしい」と思うのはいいの。
その人に憧れを抱くのもいいの。
ただね、そこで「あの人はあの人、自分は自分」と思えることが大事なんです。
要するに、相手がどんなに素晴らしくても、相手と同じことはできないし、同じ人間には、なれないということ。
なろうとしたところで、苦しいだけなの。
性質も違えば、考え方も違う、収入も違う。
だから誰かに憧れるのは構わないけど、「自分は自分」っていうのがはっきりしないと、おかしくなっちゃうの。
人には、それぞれお役目があるの。
「人は人、自分は自分」っていうことをはっきりさせていくと、「人には人のお役目」、「自分には自分のお役目」があるということも、わかるんだよね。
そうすると、自分なりにこうしてみよう、ああしてみようと、自分にできることがわかってくるよね。
それが、自分のお役目ということなんだよ。
逆に言えば、「自分は自分だ」っていうことがわからない限り、お役目もわからないってことなんだよ。
一人さんが話していることも、全部「一人さん流」なんだよ。
織田信長を見てどう思うか、豊臣秀吉を見てどう思うかと聞かれて、仮に「尊敬します」って言っても、織田信長は織田信長、豊臣秀吉は豊臣秀吉だし、斎藤一人は斎藤一人なの。
例えば、誰かすごい人を見て、「ちょっと真似してみよう」と思ってやったとしたら、その時点もう、その「誰か」ではなく自分だよね。
人は人、自分は自分。
その違いを知り、違いを生かすことが、幸せの仕組みであり、成功の仕組みなの。
一人一人残らず、自分の性質を生かして、自分のままで、楽しく成功するようにできているんだよ。
自分でがんばった後は、神様に委ねると、最良の道へ導いてもらえます
仕事をがんばろうという気持ちが強すぎると、無理をしてしまいがちです。
仕事は、全部が全部、自分の力でできるわけではありません。
一生懸命、働く中で、適度に力を抜くことが、仕事を楽しみ続ける一番のコツなんです。
そのために、どこか自分以外の大きな存在に委ね、その流れに乗る、という姿勢を持っておくといいと思います。
私としては、やはり神様とのご縁つなぎをしておくことをおすすめしたいです。
「神様の力を借りている」と思えば、ひとりぼっちでがんばることも、逆に「自分1人がすごい」と思ってしまうこともないでしょう。
実際、神様とご縁をつないでおくと、本当に、人智を超えた不思議なことが起こり始めるものなんです。
そうは言っても、神様に頼りきりでも行けません。
じゃあ、自分の力でがんばる部分と、神様の力に委ねる部分との、ちょうどいいバランスって、どれくらいでしょうか?
「神事2割、仕事8割」
一人さんは、これくらいがちょうどいいと言っています。
「不思議なことに、はまりすぎちゃう人がいるんです。
神事が2割ならいいんだよ。
それくらいなら楽しいの。
ただ、8割は、今、目の前にいる人に愛のある言葉を喋ろうとか、今、言っている会社からちゃんとお給料をもらっていこうとかしないと、生きていけないんだよ」
8割は自分の力でやってみる。
地に足をつけて一生懸命考えて、行動していく。
そこまでやったら、後の2割は神様に委ねるということですね。
これぐらいの意識でいると、ガチガチにならず、不思議なことにも偏りすぎず、「楽しく一生懸命」が、自然にできるようになるんです。
一生懸命やっているあなたを、神様は見ています。
その上で、最良の道へと導いてくれます。
たとえ、それが自分の期待した通りでなくても、そこには神様の計らいがあるんだ、と考えてみてください。
先ほども話したように、皆さんも、すでに彌彦様とのご縁ができています。
天からは黄金の鎖がたらされていて、一人さんはそれを掴んでいます。
その黄金の鎖を、一人さんの教えを直に受けた私たち「まるかん」の社長も、掴んでいます。
そして、その私達からの鎖を、皆さんは、私の話を通じてつかんだわけです。
せっかくつかんだのですから、離さないでくださいね。
大丈夫。
神様は見ています。
あとは「神事2割、仕事8割」で、楽しく一生懸命、やってみるだけです。
何事も、自分が一番しっくりくるバランスでやるのが一番だよ
「神事2割、仕事8割」の話は、純ちゃんも話したよね。
「俺は出世して偉いんだ」とかって思って天狗になっている人は、あんまり神社には行かないかもね。
だけど、どんなに偉くなっても神社に行く人は、「何だかわからないけれど、世の中には、すごい存在があるんだ」って信じてるの。
だから、神様の前では頭を下げるんだよね。
あまりに自分の力頼みばかりしていると、人は傲慢になっちゃうんだよね。
でも、自分の力をはるかに超えた絶対的なもの、すごいものがあるんだっていうことになると、人は謙虚でいられるんだよ。
「何か絶対的な、宇宙が創った存在がいるんだ」とか、「それに比べたら自分はちっぽけな存在だ」とか、こういうのがないと謙虚さがなくなってしまうの。
ただ、こういう神様の話は2割くらいで、残りの8割の日常生活は、自分でしっかり生きていないといけない。
何でも神様にばかり頼ってちゃいけないよっていうことだよね。
だから、バランスで言えば、神事は2割で、仕事は8割ぐらいがいいよね。
ただね、これは私の考えだから、もっとピンとくる話があったら、そちらに従った方がいいよ。
そこで仮に間違ったバランスになったり、謝った行動に出てしまったりしても、それは、その人が人生の勉強の時期にあるということなんだよ。
例えば、仕事もしないで神頼みばかりしている人は、それがちょっと極端なバランスだということを前世で学んできていないの。
だから、今世で学んでいる最中なの。
間違った行動をしているのは、勉強しているだけなの。
どれくらいお酒を飲めるかは、人によって違うよね。
ビールを10杯飲んでも平気な人もいれば、一杯飲んだだけで青くなって配置してしまう人もいる。
ここで平均値を持ち出してみても、バラバラのものを集めてきて平らになろうとしただけの数値だから、全然当てにならないよね。
自分がどれくらい飲めるかは、実際に飲んでみないとわからないんだよ。
神事と仕事のバランスも、要するに、これと同じことなの。
自分で実際にやってみて、しっくりくるバランスを見つけるしかないんだよ。
そうすると、観音参りでも何でも、自分にちょうどいいのは月に1回だなとか、分かってくるよ。
私にとっては、「神事2割、仕事8割」くらいがちょうどいい。
だけど、「じゃあ、そのようにするんですね」と言って、自分で何も考えもせずに従おうとするのは、ちょっと違うよお**、ということなの。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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