我慢しなくて、いいんだよ
春を連れてきた人
私がまだ学生だった頃。
東京のとある商店街の外れに、「日本一、暇な喫茶店」と呼ばれていたお店がありました。
正式な店名は『ピクニック』。
お客さんは多い日で数人という、この店の女主が、何を隠そう、私の母・勝代でした。
お店は閑古鳥が鳴いていたけれど、父が会社勤めをしていたし、お店も自宅の1階を店舗に改装したものです。
なので、一応、世間並みの暮らしは確保されていました。
そんな我が家に、思いもよらぬ出来事が起きました。
そう、あれは、私がまだ高校生だった時のことです。
「今日、信じられないことがあったのよ」
と、母。
「何があったの?」
私が尋ねると、母は、
「この辺ではあまり見かけないような、紳士的で、上品な男性がお店に来たの。
お父さんより若い方でね。
そして、その方、タダものではないわよ」
「あ、そっ」
「あら、つれないわね。
しょうがないか、裕子ちゃんはお父さん大好きっこですものね」
「ってか、他人の話なんて興味ない!!」
私はただものでない人の話に終止符を打ったつもりでした。
ところが、です。
その翌日も、そのまた翌日も、ただものでない人がお店にやってくるらしく、母は楽しそうにその方の『タダものでない話』をします。
私は全く興味がなかったので聞き流していたけれど、父は気になったらしく、「その方と直接、会ってみたい」と。
そして、お店でタダものでない方とあった父は、
「天動説が地動説に変わるぐらいの衝撃を受けた」
そう言って、母と二人で楽しげにタダものでない人の『タダものでない話』を語るようになりました。
それでも、私は無関心でした。
そうして時は流れ、夏休みがやってきました。
母と一緒に取る、ちょっと遅いお昼ご飯。
その時、母が、私に言いました。
「裕子ちゃん、悪いけど、店にいてくれない?
お母さん、後片付けがあるし、今のうちに、夕飯の下ごしらえもしておきたいの」
「嫌よ。絶対に、ヤだ!」
「そんなこと言わないで。
お客さん、めったに来ないし。
もし、お客さんが来たら、お母さん、すぐ飛んで行くから、ね」
嫌々ながらも、私は、店に降りて行きました。
誰もいない店内。
私は、カウンターのすみっこの席に座り、手に持った本を開きました。
そして、本の世界に入り込んでいたところ、
「カラン、カラン」
突然、鳴り響く戸口の鈴の音。
私は驚き、席を立とうとした、その時、
「いいよ、そこに座ってて。
私は他の席に座るから大丈夫だよ」
柔らかく包み込むような声に、「ハッ」として顔を上げ、入り口の方を見ると、そこに上品な緑の紳士がいました。
(この人が、あの、タダものでない人なんだろう。
なんだろう、この感じ・・・・・・。
私が知ってる人間と、全然、違う感じがする)
私は紳士に軽く会釈をすると、急ぎ、住居スペースに通じる階段を駆け上がりました。
「お母さん、お母さん」
「はい、はい、お客さんね」
「うん。例の、タダものでない人だと思うんだけど」
私がそう言うと、母は歓声をあげました。
「まぁ、一人さんが!!」
その人の名前は、斎藤一人さん、と言いました。
「分かってあげて、ね」
(一人さんって、どんな人だろう・・・・・・)
私は階段に腰掛け、回したの話声に耳をそばだてていました。
「先ほど、ここにいたお嬢さん、勝代さんの娘さんですか」
「はい、ひろこと言います。
うちの子、ちゃんと挨拶できたでしょうか」
「えぇ、まぁ・・・・・・・」
「やっぱり、してないんですね。すみません」
「いいんだよ、そんなこと」
「うちの子、人見知りが激しくて・・・・・・・。
それに、よそのお子さんたちは部活をやったり、友達と遊びに出かけたりしているのに、うちの子はいつも家でゴロゴロしてるんですよ。
どうしたもんでしょう」
(お母さん、やめてよ。そんな話、人に聞かすことないじゃん!!)
イライラする私の耳に、一人さんの意外な言葉が聞こえてきました。
「裕子ちゃんが家でゴロゴロしてるのには、理由があるんですよ」
「どんな理由です?」
「今は、裕子ちゃんの体がそうさせているんです。
体が辛くて、積極的に動ける状態ではないんです。
そのことを、まず、分かってあげてね」
私は、一人さんの言葉にホッとしました。
本当に、体が辛かったのです。
小学校4年生の『あの時』からずっと。
けれど、両親には、ずっと黙っていました。
自分のことは自分で解決しようとする癖がついていたからです。
私は、自分で自分に言い聞かせていました。
「体が辛くったって、我慢、我慢」
「気持ちの持ちようだ。がんばれ」
でも、体は言うことを聞いてくれませんでした。
どんなに、自分が情けなかったことか。
「私、がんばれないの。わかって!!」
この一言を誰かに言うことができれば、よかったのだろうけど。
でも、言おうとするたび、「我慢」の文字が頭に浮かんできて、ぐっと飲み込んでいました。
そんな状況での、1人さんの、あの一言。
「わかってあげて、ね」
私のことを分かってくれる人がいた!!
やっと、分かってくれる人と会えた!!
嬉しさのあまり、涙が一粒、また、一粒、こぼれ落ちてきました。
自室に駆け込み、枕に顔を押し付けて泣きました。
誰にも知られたくなくて。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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