神様から与えられた時間と空間を使って、私たちは、自分が見たい景色を描けるのです。
『時間と空間』
ひとりさんから昔、教わりました。
天の神様は、私たちに完成品の幸せを与えることはないのだそうです。
神様が与えてくれるのは、時間と空間だけなのです。
そのおかげで、人は自分の人生をどんな人生にするか、自分で決めることができる。
それも、自分の思いひとつで変えることができるのです。
明るく楽しく生きようと思えば、明るく楽しい人生になります。
暗いことを考えていると、暗い人生になるのです。
あまりにもシンプルな『人生の法則』なので、私は「分かった」と思っていました。
明るく楽しく生きればいいんでしょって。
確かに、それはその通りなんです。
その通りなんですか、「明るく楽しい思い」の中に徐々に『学び』が加わってくると、見ている景色も、人生の味わいも、全然違ってくるのです。
ただ、その『味わい』がわかるようになるには、私の場合『経験』が必要でした。
というのは、『学び』は『経験』を通して得られるものだからです。
でも、神様はさすがだと思いました。
というのは、私にいろんな経験をさせてくれたから。
今まで本当に、いろんなことがありました。
いろんな出会いもありました。
大切なものを手に入れたと思ったら、もっと大切なものがあることに気づいたことが、山ほどあります。
困った時に助けられて感謝を覚え、「助けられる」ことの意味を知ることができました。
それから、見ず知らずの方が困っているのを見かけ、勇気を出して助けたら、その人が笑顔になってくれたのが、めちゃくちゃ嬉しかった。
そして、自分の未熟さが「もう嫌だ」ってなった時に、「人は未熟だから成長できる」ということが腑に落ちて分かったり、自分の愛し方、人の愛し方を覚え、そして、「人間の本質は愛と光なんだ」というひらめきが来たことも。
けれど、それは日々、私の心の中を風のように通過するもので、ゆっくりと自分の心の中を見ることがありませんでした。
そんなある日、私は、ふるさと北海道の十勝を訪ねる機会を得ました。
それは、思い出の場所を辿りながら自分の原点を探る旅です。
子供の頃の私は、生まれた場所も親も兄妹も、全て自分が選んできたなんて、考えられませんでした。
ところが、今回、自分の原点を探る旅をしている途中、私は、
兄妹も全て、自分が選んできたんだ」
ということが、腑に落ちて分かりました。
不思議ですね、少し前の私は、それを知っていながらも、受け入れることができなかったのに。
そして私は、旅の最後、私が生まれ育って清水谷(北海道河東郡上士幌町)を訪ねました。
実を言うと、清水谷は、今回の旅の予定には入れていませんでした。
かつて村で一番栄えていた場所に柴村商店、つまり私の生家があったのですが、今は私の家はもちろん、そこには誰も住んでいないのです(栄えた中心部以外には人が移住しています)。
夜になると、街灯がポツンとともり、寂しさを一層際立たせます。
そんなところに行っても・・・・・・・。
ところが、今回の旅で思い出の地を訪ね、「出会った人、起きた出来事全ては、自分が決めてきたことだった」という気づきを繰り返していくうちに、なんだか導かれてしまったようです。
清水谷に着くと私は、まず、うちのお店の前にあった街灯に会いに行きました。
それは、当時、村でただ一つの街灯でした。
そして、私にとって、その光は、父が光の国に旅立ち、寂しさを抱えた私の心を明るくしてくれた、光でもありました。
「街灯さん、ただいま」
私は心の中で、街灯に挨拶をしました。
すると、「えみちゃん、おかえり」という声が聞こえたのです。
「えっ」と思って、振り向くと、そこには、村にたくさんの人が住んでいた頃の、清水谷村の景色がありました。
あの頃は、大人も、子供も、みんな、働いていました。
畑で収穫の手伝いをしている子供がいたり、森から切り出してきた木を割って薪にして、それを積み上げる手伝いをしている子がいたり。
そうです、私だけ、働いていたのではなかったのです。
みんな、生活は楽ではなかったけど、春にはすずらん、夏には川遊び、そして秋には芋煮会をやったり、楽しいこと、みんなでたくさん、やったなあ。
大人たちだって、仕事が終わったら、うちのお店に集まって、一杯やりながら、語ったり、歌ったり、楽しんでいました。
「あぁ、私勘違いしてた、清水谷村って、寂しい村じゃなかった。豊かな村だったんだ・・・・・・」
そう思ったと同時に、一陣の風が吹き、木々の葉が揺れる音がして、私は「はっ」と思いました。
今、自分が、この目で見ている景色が、さっきと違っていました。
ここに来た時は暗かったのに、今、見たら明るいのです。
もしかしたら、神様は、これを私に体験させたくて、ここまで導いてくれたのかもしれません。
そして、私自身が気づくのを、神様は待っていてくれたのです。
魂の成長の旅路は、一人一人違います。
その旅路は、自分一人で歩く道ではないのです。
人生の同伴者
人は、生き通しの『いのち』を天からいただき旅をします。
何度も、何度もここに生まれてきて、いろんな体験をし、自分を磨き、魂を成長させていく。
気が遠くなるくらい、長い長い旅路です。
この旅路の最終目的地は、私たちの『いのち』が生まれた場所。
そう、宇宙です。
誰もが、ここを目指して歩いていきます。
ただし、最終目的地までのルートは、無数にあります。
一人一人、自分の道を歩くんです。
この話を、初めて一人さんから聞いたとき、私はちょっとだけ、不安になってしまいました。
想像もつかないくらい、長い旅路を、自分一人で歩いて行かなくちゃならないと思ったから不安になってしまったのですが、それは私の勘違いでした。
ひとりさんは、私にこう言いました。
「鋭い牙も爪も持っていない、寒さをしのぐ毛布もない、そんな我が子(人間)に、親(天の神様)が、一人旅をさせるわけがないじゃないか。
目に見えないけれど一人一人に『ともに歩く人たち』がいるから大丈夫だよ」
誰が自分と一緒に歩いてくれているかと言うと、守護霊様をはじめとする次元の高い霊の皆さんです。
ちなみに守護霊様は、「生まれ変わりを繰り返して魂が進化向上し、人間を卒業した霊」であり、音もしている方の魂を「成長へと導く」お役目を担っている霊のことです。
「俺たちの魂が、どんなに未熟でもいいの、この人生を楽しもう、人に親切にしようと思うようになると、守護霊さんは自身の能力を存分に発揮することができるんだよ。
そうすると、どんなことが起きるかと言うと、例えば、人生がうまくいっていない時に、ふらっと入った本屋さんで、なんとなく手に取った本を読んだら、うまくいくようになったとかさ。
それから、助けてくれる人が突然現れたとか、『素晴らしいアイデア』をひらめくとか、そういうことが起きてくる。
あるいは、ワンランク上の仕事をするのに、もっといい指導霊さんをつけてくれるのも守護霊さんなんだよ」
ちなみに、一人さんが言っている『指導霊さん』とは、仕事や芸術などの可能性を広げてくれる霊のことです。
守護霊様の場合は、生まれてからずっと同じ方がお供をするのがほとんどですが、指導霊様の場合は、本人が「自分はコレコレこういう仕事をすることによって、みんなの喜ぶ顔が見たい」と思い、そこに向かって努力を始めると、その志の高さに応じて入れ替わることがあります。
いずれにしろ、私たちは一人ぼっちで魂の成長のため旅路を歩いていくのではないのです。
守護霊様はともに歩いてくれていますし、その時々で最良の指導霊様がついてくれて、必要な才能を引き出してくれているのです。
すごいでしょ!! すごいでしょ!! すごいでしょ!!
ありがたいですよね。
なので、私は日頃から、自分の守護霊様、指導霊様に感謝しているし、
「守護霊様、指導霊様、よろしくお願いしますよ」
と言っているんですね。
この世は拷問じゃありません
魂は死なない、だとしたら、あなたは今、何をしたい、誰と痛いですか?
一人さんが、ある時、こんなことを言いました。
「人間というのは、学ぶために地球に生まれてきているの。
それぞれに、それぞれの人生があり、個性もみんな違うから、ここで何を学ぶかは、人それぞれだよ。
でも、同じ学ぶなら楽しく学びたいよな。
苦しく学んだら、幸せじゃないもんな。
不幸になるために生まれてきたんだとしたら、この世は拷問だよ。
神様は、その考えをやめて、明るくて楽しい方を見なさいと言っている。
楽しい思い出をたくさん持って帰って来いってね」
5年後、10年後、あるいはもっと年月が過ぎて、私はこの1人さんの言葉を思い出す時が来る。
その時私は、また何かの気づきを得るでしょう。
なぜなら、人は生きている限り、学ぶようにできているから。
魂は昨日より今日、今日より明日、そして来世と成長し続けるのです。
そのことが腑に落ちて分かった時、私はむやみやたらに焦らなくなりました。
周りの景色を楽しみながら、仲間と歌ったり語ったりしながら、自分の歩幅で1歩ずつ、この旅路は歩いて行きたいと今は思っています。
そうです、今はです。
明日は、どうなるか分かりません。
それでも、悩んでは学び、また悩んでは学び直しながらでも、「人生を楽しんで、人に親切にする」ことを忘れなければ、大丈夫なんだそう。
一人さんにそう教わりました。
光の国に戻って、自分が歩いた道を振り返ってみた時、その道は魂の故郷に向かってまっすぐ伸びた1本の道になっているから大丈夫だよって。
そうだとしたら、あなたは今、どう生きますか?
斎藤一人さんの話を纏めました。
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