コンクラーベ

斉藤一人さんです

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斎藤一人さん 『義理と人情と浪花節の世界』

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人は人に感動し、「この人のために」という生き方に憧れる。

だから「義理と人情と浪花節」はこれからも続くのです。

 


『義理と人情と浪花節の世界』


師匠のひとりさんとは、ずっと一緒に仕事をしてきました。

私たちが顔を合わせれば、会話の中に仕事や商売のことが入ってきます。

仕事の教え、経営者の心得も、日常会話の中で教わってきました。

ただ、私が「本当の商人になったな、自分」と思えるようになったのは、拠点を大阪に移してからのことでした。

大阪が、私を商人として育ててくれたんです。


大阪といえば、古くから商人の街として知られた地域。

そして、俗にいう「大阪商人気質」というものが今も息づく町です。

私が大阪で実際に出会った大阪商人たちは皆、お客様に喜ばれ、お役に立つことを自分の生きがいとし、まごころを込めながら飽きないを進めていくと同時に、ちゃんと商売として成り立つということを「商人の道」とする人たち。

私が子供の頃、テレビドラマで見た「義理と人情と浪花節の世界」を体現しているような感じの方たちで、本当に勉強させてもらいました。
今でも忘れられないのは、流通の方でトラブルが起きて、私が困っていた時に、取引先の方が手を差し伸べ助けてくれた時のことです。

その取引先の方は、うちの荷物を一時的に預かってくれるなど、素早い対応で助けてくださいました。

そのお礼を言いたくて、会社に伺ったのですが、その時、そこの社長にこう言われたんです。

「柴村さんが困っているのに、見て見ぬふりなんて、できるわけがないじゃないですか。

私たちの方こそ、日頃の恩返しができて感謝しているんです」

この心意気に私は感動し、「義理と人情と浪花節」を旗印に商売をしてきました。

一人さんもそうなんですよ。

時代が変わっても、「義理と人情が一番だ」と言います。

だから、うちの銀座のお店の看板には「GNI(義理と人情が一番)」と書いてあるのです。

『あにき』


大切な人が、光の国に逝ってしまった時・・・・・・。


私の兄、柴村喜六が令和5年の春に光の国へ旅立ちました。

おかげさまで大往生でした。

「人は生き通し」ですし、今世、兄妹という形で出会ったのは「縁が深い」ということですから、また会えるに決まっていると私は思っています。


ほとんどの人は、悲しみや怒りなどを『マイナスの感情』と言って、あたかも敵のようにやっつけようとしがちだと思います。

でもね。

悲しみは怒りだって、何かの必要があって、神様がつけてくれたものなんだよって、一人さんは言うんです。

話は脱線してしまいますが、欲だって必要があって神様がつけてくれたものなんですよね。

悪いものではないのです。

自分にも他の人にも役立つように、欲を使うことはできるんです。

お釈迦様やキリストさんが「人々を苦しみから救いたい」という大欲を抱いて、心の教えを説いたように、自分とみんなのためになることに欲を燃やせばいいのです。

感情もそれと同じです。

感情があるから、人生がドラマになるんです。

逆に、無感情だったら、自分を殺して生きるようなものではないでしょうか。

とにかく、感情は何か必要があって神様がつけています。

一人さんも悲しい時は、悲しむのです。
ただし、感情に振り回されない、引きずらない。

それを心がければ御の字です。


だいぶ話がずれてしまいました。

元に戻しますね。


父は私が幼い頃になくなって、以来、母は村で唯一のお店、昼間はコンビニのような、夜は居酒屋のようなお店を切り盛りしていました。

私と兄は、母を手伝って、店で商売をしていたんです。

「恵美子、いいか、この天ぷらはな、1枚売ったら利益は五銭。

枚売れたとして、儲けはいくらだ?」」と兄に言われて、私は「えーつと」頭の中で電卓を叩き、「えっ、こんなものなの!?」
って、ガクッときたりして。

兄とは年齢が離れていたので、兄にとって私は娘を見るような感じがあったんだと思います。

ちょっと変わった兄妹でした。

こんなこともありました。

私がせっかく運転免許を取ったのに、いざ運転しようとすると、兄は「恵美子、運転はダメだ」って。

私の友達にまで「ウチの恵美子にそんな危ないこと、させないでくれ」と言うんですよね。

それは、当時の兄なりの愛情表現だったのですが、私には窮屈に感じる時も多かった。

性格も考え方も全然違うから意見が対立することはしょっちゅうでした。

それでも兄は、私にとって大事な家族でした。


そんな兄が逝ってしまいました──。


兄を棺に納める前に、葬儀社の職員さんから「これからお兄さんは長旅に出られます。道中、大変ですので、足をさすって差し上げてください」と言われました。

冷たくなった足兄の足に触れてマッサージをしてあげたら、兄の顔が喜んでいるように見えました。

私はもともと、指圧師をしていたんです。

でも、生きているうちに、兄に指圧をしてあげたことが一度もなかった。

「兄貴、指圧してやれなくてごめんね。

光の国で、私やってあげるね。

今までありがとう、ご活躍様でした」

このような言葉が自然と口から出てきたのは、やはり、「人は生き通しだ」ということを教わっていたおかげに違いないと、私は思うのです。

 

斎藤一人さんの話を纏めました。

 

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