俺は「過去はどうにでもなる」って言うんだよ。
過去って、自分の頭の中にある思い出だからな。
思い出ってのは、どうでも、自分の好きなように書き変えられるんだよ。
- 俺たち歴史上の人物じゃないんだからさ、過去はどうにでも変えちゃって
- 魂は自分の未来を知っているから、「英語、いらない」って
- 学校の先生は、自信を奪ったんじゃない自信がつくような言葉を言う事が出来なかったの
俺たち歴史上の人物じゃないんだからさ、過去はどうにでも変えちゃって
過去は変えられないけど、未来はどうにでもなるという話、聞いたことあるだろ?
でも、どうにもならないよ。
あなたの、その嫌な過去を変えないで、未来は幸せ、って無理。
なぜなら、あなたは子供の時から、ずっと否定漬け、貧乏漬けにされてきて、不幸グセがついちゃってるから。
そういう人は、今日も、明日も明後日も、ずっと不幸なんだよ。
俺は「過去はどうにでもなる」って言うんだよ。
過去って、自分の頭の中にある思い出だからな。
思い出ってのは、どうでも、自分の好きなように書き変えられるんだよ。
俺達、歴史上の人物じゃないんだから、そんな、歴史の教科書に載っかってるわけじゃないからね。
変えちゃっても全然問題ないの。
これ、例え話なんだけど、俺ね、同級生に会うたびに、
「中学校の頃は、俺も生徒会長で大変だったよ」
とかって、ずっと、言ってたのよ。
もちろん、ロクに学校にも行かなかった俺が生徒会長、、やってたわけないじゃん。
だから、冗談で言ってたんだよ。
そしたら、何十年と言い続けてたら、この前、友達が俺に言うんだよな。
「そういや、斉藤、お前は生徒会長だったもんな」って。
いちいち覚えてないんだよ。
中学校の頃を思い出を楽しく変えたって、向こうは、わかんない。
だから、みんなもさ、過去のマイナスの場面、場面に戻った時に。
小学校の時にこんな失敗をした、おねしょした、色んなことがあったと思うんだよ、な。
だけど、事実上、そのこと、誰も覚えてないの。
だから、それを楽しい思い出に変えちゃって。
過去を変える、というのは、みっちゃんが何年か前に、パーティーで乾杯の音頭をとることになったんだけど、アがっちゃって、コップを持ってないのに、
「かんぱーい」
っていっちゃったんだよね。
その時のことを思い出すと、みっちゃんは、
「今も、顔から火が出るくらい恥ずかしい」
って言ってたんだよ。
で、その時、一人さんは「みっちゃん、それはやめな」って。
「それを言うなら、腹がよじれるぐらい笑っちゃう、って言ってごらん」って。
みっちゃんが、それを言ったら、その過去は、本当に笑える楽しい思い出に変わっちゃったんだよね。
そうやって、みんなも、オセロみたいに黒を、くるっ、くるって、白に変えていけばいい。
過去に、いじめられてた記憶もあるだろうけど、その時、あなたは自殺しなかったんだよな。
だから、普通だったら、自殺してもおかしくないのに、自分は死なないでここまでこれてる、って凄いよ。
何て強いんだろう、って。
しかも、その後、あなたは他人をいじめなかったんだよな。
世の中に、下には下がある、って言うだろ。
あなたより弱い子がいたはずなんだよ。
だけど、あなたは、弱い者いじめをしなかった。
優しいんだよ、あなた。
自殺もしなかったんだよ。
そしたら、「俺って、強くて優しいから、今があるんだな」って、その記憶をプラス、プラスにひっくり返す。
魂は自分の未来を知っているから、「英語、いらない」って
例えば、学生時代に英語ができなくて、自信を失った人がいる。
そういう人は、大人になって、英語とは全く縁のない世界に生きているんだよね。
わかるかい?
人間っていうのは、困らないようにできてるんだよ。
将来、英語を使う仕事をするとか、本当に英語が必要な人は、本当、英語が好きになるようになってるの。
魂は自分の未来を知っているから、そうなっちゃうんだって。
だから、俺なんかの場合、方程式を見た時に、
「あ、これ、いらない」
と思っちゃうんだよ。
人生において方程式が入らない人は、全く方程式に興味を示さないの。
それを、自分が興味のないものを、一所懸命、努力してやる。
その場合の努力は、それを本当に必要な人の4倍も5倍もいるんだよ。
ところが、 その成果は、1/3ぐらいしか出ない。
そうすると、どんなに努力して努力しても覚えられなかったことに関して、あなたは、自分に嫌悪感みたいなのを覚えたかもわかんないけど、実はそうではないんだよな。
覚えられなかったのは、あなたに必要のないことだからなんだよ。
ね、だから、過去へ戻って、心の故郷を旅する。
中学校の時、自分は英語ができなかった。
「できない」じゃないんだ。
俺の魂は「英語はいらない」ということを見抜いていた、俺って天才なんだ。
そうして言うと、全然、違うだろ。
いや、これ、冗談じゃなくて、一人さんは本気で言ってるんだよ。
俺は元々、いらないものは受け付けないんだよ。
天才だから。
それから、自分は運動神経がなくて、かけっこするといつもビリで、どんくさい人間なんだじゃないの。
自分は、他人を追いかけたり、追っかけられることもない、追っかけられることもない安心した落ち着いた人生を送る人間なんだ。
とかって、ひっくり返してくる。
オセロゲームみたいに 、くるっくるっ、白にひっくりかえっちゃったらスカッとするじゃん。
自分探しの旅から帰ってきた時には、自分が今いる世界で、機嫌よく生きられるんだよね。
学校の先生は、自信を奪ったんじゃない
自信がつくような言葉を言う事が出来なかったの
子供の頃、大人を眺めてた時にね、大人ってすごい、完璧なものに見えたの。
ところが、自分が大人になってみると、完璧どころか、外見が変わっただけ。
仲間はたいして、若い頃と、変わってないんだよな。
「 大人って、落ち着いてるな」と思ってたけど、全然、落ち着いてないしね。
動きが鈍くなってるか、くたびれてるだけ。
知らない人からしたら、それが落ち着いて見えるだけ。
大人と言っても、中身は発展途上と言うかさ、魂的に言うと、まだまだ青くて未熟なんだよ。
だから、例えば、俺の通ってた学校の先生は、昔、よくこう言ってたの。
「斉藤君は成績が悪くて、将来、ろくなもんにならない」って。
そしたら、俺は先生に、
「先生は易者かよ、俺の未来が分かるのか?」
って返すんだけど。
問題はな。
確かに斉藤君は、成績が悪い。
だけど、学校は、成績の悪い生徒に自信を持たせて、社会に出さなかったらダメなんだよ。
成績の良い生徒には、「成績が良いから、大丈夫だよ」と言ってりゃ、いいんだよ。
でも、成績の悪い人間、捕まえて、
「お前、成績が悪いからダメだ」
って言ったりするんだよ。
俺なんかだと、先生にジョークで返して、やっつけちゃえるけど、すごく傷ついちゃう人がいるんだよな。
成績が悪い上に自信まで奪っちゃって、その人間は、この先、どうやって生きていたらいいんですか?って。
だから、斉藤君も悪ガキだけど、先生も、指導者としては、まだまだなんだよね。
他人の魂も、自分の魂も、天の神様の分霊で、傷つけちゃいけないの。
それより、先生は、「斉藤君は成績が悪いけど、みんなを明るくしてるね」とか。
「君の周りには人がいっぱい集まってくるから、社会にでたら偉くなるよ」とか、相手が喜ぶことを言わなきゃ。
って、俺はいうんだけど。
先生は、相手が喜ぶことを言えない人だったんだよ。
できるのに、やらなかった、じゃあないの。
できなかったの。
簡単に言うと、未熟なんだよな、非常に。
そしたら、大人になった自分が「この人は未熟なんだ」ということに気づいて、先生を見た時に、
「とんでもないやつだ!教師失格だよ」
と思っていたのが、
「あの先生は非常に未熟なのに、40何人もの生徒の面倒を見なきゃいけないから、すごい必死で顔晴ってたんだな」とか。
「俺みたい、言うことを聞かない生徒を引き受けちゃって、先生、大変だったろうな」とかって。
そうやって、過去をひっくり返した、その瞬間に、
「あぁ、ありがたいな」って。
しみじみ、そう思う。
そこまで掘り下げて行った時に、自分が生きてきた、この人生、一個一個、無駄がなかったんだって。
そういう境地にたどりつく心の旅が、一人さん流・自分探しの旅なんだ。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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