人にばかり素直な人は、人生苦しくなっちゃうよね。
誰にでも好かれようとしてばかりいると、人生失敗しちゃうよ
人付き合いで一番基本となるのは、実は、自分との付き合いなの。
人間として付き合うっていうのは、自分との付き合い方が根本にあるってことなの。
自分と付き合って、「自分を大切にする」っていうことが分かると、「大切ってこういうことか」っていうのが分かるから、そこで初めて、人を大切にすることが分かるんだよね。
だから、人に嫌われないようにしよう、誰とでも仲良くしようとする人は問題だね。
根っこには、やはり親の愛への欠乏感があるんだよ。
親の愛が足りないと感じてきた人は、親の機嫌をとることが癖になっていて、大人になってからも、人に嫌われることが怖いの。
誰にでも好かれようとするの。
好かれなくてもいい人にまで好かれようとして、相手に合わせてしまうんだよ。
でも、それは癖になっているだけで、本当は、やりたくないことをやっているんだよね。
だから、心の中に不満がたまってくるんだよ。
相手に合わせてばかりだと、腹が立ってきちゃうんだよ。
それで、例えばいばるとか、嫌味を言うとか、笑い声がちょっと嫌な感じになるとか、表情や言葉の端々に出ちゃうの。
そうすると、同じような人間、要するに、あまり品の良くない人が集まってくるの。
周囲に、まともな人間がいなくなっちゃうんだよ。
一方で、品のいい人たちは敏感に察知して、周りからいなくなっていってしまうから、余計にダメな人間関係ばかりになって、自分は不幸になっていくの。
人間関係がダメになる原因っていうのは、本来は、これだけなの。
誰からも好かれようとして、人に合わせる。
これを迎合って言うんだけど、本当は、その人個人の人格があるから、誰だって合わせたくないんだよ。
「やりたくないことをやる」って、全然自分にはスマホではなくて、人にばかり素直っていうことなんだよね。
人にばかり素直な人は、人生苦しくなっちゃうよね。
じゃあ、どうしたらいいか。
子供の頃に依存しんがあるのは当たり前だけど、大人になったら依存からは卒業して、自立しなくちゃいけないよね。
自立してない人は、「やりたくないけど、やっている」から、恩着せがましくなるの。
「もっと、感謝してくれるべきじゃないの?」とか「俺遅れてもいいんじゃないの?」とかね。
だから、人から嫌われてしまうんだよ。
元々は人に嫌われないために、人に合わせようとしてきたのに、結局は、全然好かれないんだよ。
やりたくなきゃ、自主性を持ってやらなければいいの。
別に、それで嫌われたっていいんだから。
自立っていうのは、一つには「自分がやりたいからやる」ということなの。
これなら、誰にも恩を着せることはないよね。
お金はガソリン。
車をどう走らせるかは、運転手次第だよ
お金って、例えて言えば、ガソリンみたいなものなの。
ガソリンがないと車は走らないんだよ。
ただそれで穏やかなドライブをするか、暴走するかは、運転手の問題なんだよ。
お金も同じで、なくては生活できないけれど、お金を使ってどういう人生にするか、それは、お金を持つ人次第なんだよ。
なんでも行き過ぎはダメで、危機感なく湯水のごとくお金を使っても行けないし、あまりにケチして、使うところに使わないのもダメなの。
そういうのは口で言ってもわからないし、他人から色々なことを言われても、結局、人はやりたいようにやるの。
だから、最初は失敗するしかないの。
失敗しないでわかっている人は、前世で経験しているということなんだよ。
純ちゃんも、お金で最初は失敗したよね。
急に威張っちゃうようになった。
これは一番深い理由を言うと、愛を求めていたからなんだよね。
子供の頃に親の愛情が足りないと感じてきた人は、大きくなってからも、周りにかまって欲しいって、愛情を求めるんだよ。
ところが、大人になると、かまわれる側から、かまってあげる側へと変わらなくちゃいけない。
かまってほしいのに、人を構わなきゃならなくなったり、人の面倒を見なきゃならなくなったり。
だから、余計に苦しくなるの。
それは何とかしたくて、お金を持つと威張っちゃう。
嘘でもいいからチヤホヤされたい、甘えたいんだよね。
でも、根っこでは親の愛を求めているの。
だから、いくら威張っても満たされないんです。
本当に求めているのは、威張ることじゃなくて、親の愛なの。
威張ってるんじゃなくて、愛を求めてるんだよね。
これを治す方法が、ひとつあります。
環境は変えられないんだよ。
話を聞いてくれない親もいるし、もっとひどいのは虐待する親もいるんだよ。
そういう親の元に産まれちゃったんだから、今世のさだめなんだよ。
ところが、親を替えてしまうことができるんだよ。
私たちは、元はみんな神の子なんだよ。
だから、「神様が親なんだ」と思えば、自分の中で親を替えることができるんです。
そこで親の愛を求める気持ちも、満たすことができるんです。
神様はもちろん、愛情たっぷりだからね。
だけど、やっぱり今世の親が恋しいこともあるでしょう。
そんな時は、「ご神木」に話しかければいいんです。
ご神木とは、神社の境内にある、神様に守られた樹木です。
どこの神社の御神木でも構わないから、ご神木のところに行って、「お母さん、今日は幸せだったよ」「お父さん、旅行に行ってきたよ」などと話しかけるんです。
ご神木に手を合わせれば、神様のエネルギーを感じることもできるし、親の愛を感じることもできるんだよね。
仕事は楽しくした方が、はるかに得だよね
仕事を楽しくすることが、どうして大切かって言うとね、仕事って、基本は、ご飯を食べていくためのものだよね。
だから楽しくても、楽しくなくても、どのみち、やらなくっちゃいけないことなの。
その「やらなくっちゃいけないこと」を楽しくできたら、すごく得だよね。
逆に楽しくなく仕事をしていると、一生のうちに膨大な損をしちゃうんだよ。
だって、人は、人生の大半の時間を、仕事をして過ごしているんだからね。
だから、仕事は楽しくした方が、はるかに得なの。
そのことが分かっていないと、人って楽しくするための努力を払おうとしないんだよね。
楽しくするためだろうがなんだろうが、結局はエネルギーだから、エネルギーを使わない方が楽だって思っちゃうの。
でも、楽しくないことを一生やるとしたら、どれくらい自分が損をするだろうかって考えてみなよ。
仕事は、せっかくなら楽しくできたほうが、はるかに得だっていうのは、そういうことなの。
私が思うに、「適材適所」というのも、神の愛なの。
神様は、人それぞれの性質や個性が生きる場所を、きちんと準備してくれているの。
それを見つけることも、大事だよ。
だから、楽しくやろうと思って努力をしてみて、それでも、どうしても楽しくできなかったら、今の仕事が合っていないということかもしれないね。
要するに、まだ自分が「適材適所」になっていなくて、別のところに、もっと自分の性質が活きる仕事があるのかもしれない。
そういう時には、思い切って今の仕事をやめてみるのも一つの手だよね。
だけど、また別の所で仕事はしなきゃなんないよね。
だから、そこでも「楽しくやろう」っていう努力とか知恵を使わないと、やっぱり人生で膨大な損をしちゃうよね。
何を仕事にするかを考えるのも大事だけど、いかに仕事を楽しくするかの方が、本質的には大事なの。
だって、どこでどんな仕事をするにも、必ず付いて回る問題だからさ。
そこできちんと楽しくする努力ができるようになると、楽しい波動が出るようになって、自然と運も開けて行くんだよ。
もっと楽しく考えた方がいいね。
自分に乗り越えられ出られない事ってないからね。
楽しくしてれば、時間が来れば乗り越えられるようになってるんだよ。
天国からこの世に生まれてくる時にね、私たちは自分で問題を選んで生まれてくるんだけど、自分に乗り越えられない問題は持ってこないんだよね。
だから、楽しく乗り越えることを考えることだよね。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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