子供が迷った時に、手を引いて、一緒に子供の人生を歩んであげてしまったら、親の顔に、
「この子のために・・・・・・・」
という悲壮感が浮き出てしまいます。
「働くことは楽しい!」を教わった子供、教わらなかった子供
一人さんから、子育てに関して教わったことで、「信じる」ことの他に、もう2つあります。
それは、
「親が子供にしてあげることは、働くことは楽しいことだと教えること、材料をあげること」
というものです。
なぜ、「働くことは楽しいこと」と教えなければならないかと言うと、人が生きていくためには、働いて、少なくとも食べていくだけのお金を稼がなくてはならないからです。
これから社会に出て、働いていかなければならない子供に、「働くことは嫌なことだ」って言ってしまったら、子供は仕事に対して「大変だ」「嫌なものだ」と思って当然です。
それで、自分で働いて自分を食べさせて行こうと思ってくれるでしょうか。
果たして、社会から必要とされる人間に育ってくれるでしょうか。
私が子供だったら、答えはノーです。
だから、親は働くことは楽しいことだと教えなくてはなりません。
「材料をあげる」というのは、子供が色んな悩みにぶち当たった時には、子供がいろんな悩みにぶち当たった時には、
「こういう考え方があるよ。
私の場合にはこういう考え方で、こうやって乗り越えたけれど、それであなたが成功するかどうかわからない。
こういうやり方で私は失敗したけれど、あなたならできるかもしれない」
というサンプルを、いくつか示してあげるのです。
子供が迷った時に、手を引いて、一緒に子供の人生を歩んであげてしまったら、親の顔に、
「この子のために・・・・・・」
という悲壮感が浮き出てしまいます。
そんな顔していては、子供は親に対して罪悪感を持ってしまいます。
これでは生まれもった「幸せになる力」を発揮できなくなってしまいます。
辛い人生です。
こんな罪悪感を抱いたら、子供は幸せになることはできません。
それで、親として満足できるんでしょうか。
私にはできない。
人の親ならば、誰もそんなことはできないはずです。
だから、うちのスタッフの田中さんも、親に対して罪悪感を持っていたそうです。
このスタッフに対して私ができることも、材料をあげるぐらいのことでした。
でも、その彼女から、こんな手紙をもらいました。
「和美さんから、自分の幸せは自分が責任を持たなくちゃいけない、という話を聞いて、『両親の人生に、私が責任を持たなくてもいいらしい』と思えるようになって、『私は私の幸せのためにエネルギーを使っていいんだ』ということがわかってからは、両親への罪悪感が取れて、『親は産んでくれてだけでありがたい』と思えるようになりました。
私にとってすごい変化です」
追記 子供には「学校向きの子」と「社会向きの子」がいるんです!
今、不登校の子供が10万人以上いるそうですが、昔、貫太も治郎も不登校だったんですよ。
貫太は中学受験をして私立の麻布学園に入学したんですが、中国の6年間のうち半分ぐらい学校へ行っていなくて、足掛け4、5年は不登校だったんじゃないでしょうか。
学校へ行かなくなった時、私は「なんで行きたくないの?」と理由を聞きました。
まず、子供の気持ちを受け取ってあげることが大事だと思ったからなんです。
この時に、ただ、「学校へ行きなさい」とばかり言って、親の都合よく子供を動かそうとしていると、気持ちが伝わらないんです。
私が理由を尋ねると、貫太は「分からない」と最初は言っていました。
それで、「どうしたいの?」と聞くと、「寝ていたい」と言いますから、「じゃあ、がんばって寝ていてね」と、私は言ったんです。
「今は話せるような状態じゃないな」と思ったからです。
だんだん落ち着いてきて、様子が分かってきたんですが、どうやら貫太は決まった時間に学校へ行かなければいけないと言われると、どうしても行けなくなるようでした。
その根本には、「学校へ行く理由がない」というのがあったようなんです。
将来のことなんかを考えていたようなんですが、自分がなぜ学校へ行かなければならないのか、それが見えないようになっていたんですね。
それで貫太は悩んでいたんです。
私は一人さんにこのことについて相談しました。
するとね、ひとりさんはいつもの喫茶店で陽をいっぱいに浴びながら、ニコッと笑って、とても大切なことを教えてくれたんですよ。
「おまっちゃん、いいかい。
親が子供にしてあげるべきことが、信じてあげることなのは、もう知ってるよね。
親が子供のようにしてあげることは、もう二つあるんだ。
それはね、働くことは楽しいことなんだと教えてあげること。
そして、自分で考える材料をあげること。
この二つなんだよ」
そして、私にこんなことを言ってくれたんです。
「おまっちゃんは、ちゃんとこの二つをやっている。
だから、何も心配しなくていいんだよ」
こう言って私を安心させてくれました。
幸せのパズル──あなたがやることは「3つ」だけ!!
人は材料さえもらえれば、後は自分で「幸せのパズル」を完成させることができるのです。
私にこの役ができるようになったのは、仕事をしていたからです。
だから、子供を持つ女性が働きに出ることは、決して子供にとってマイナスの要因にはなりえません。
ところが、働きに出る時に子供が言う、
「お母さん、行かないで」
という言葉は、胸にずしっと突き刺さるものです。
でも、いつも子供と一緒にいてあげることが、親の役目ではありません。
前にも言ったように、「子供に悪いことをしているんだ」と罪悪感を持ってしまうと、返って逆効果になってしまいます。
父の会社で働きながら、子育てをやって、なおかつ自分で銀座まるかんの仕事をすることになった時、周囲の人が一番心配したのが、子供たちのことでした。
「母親が家にいないと、子供はグレる」
と言われ、正直、私も悩みました。
幸いなことに、長男は、私が仕事でいなくなっても「寂しい」という言葉を口にしたことはありませんでした。
「人は働かないと食べていけないんだ」
という感覚が目についたのです。
しかし、次男の次郎は違いました。
幼稚園の友達は、お母さんのお出迎えがあります。
ところが、私は幼稚園のバスに子供を乗せて、「じゃあね、バイバイ」と。
そんな私に、次男はこう言いました。
「何で、一緒に手をつないで幼稚園に行ってくれないの」
「今日はお休みなのに、どうしてお母さんはお仕事するの」
そんな次男の言葉に、時々心が揺らめいてしまう私・・・・・・。
「一緒にいてあげたい、でも働きたい」
という葛藤がありました。
私が幸せになることで、この子が幸せになれる、というプラス思考がなかなかできなかったからなのでしょう。
一緒にいる時間が持てても、決して次男の心は満たされないようで、何を話しかけても、しゃべってくれなくなってしまいました。
でも、それも「困ったこと」ではありませんでした。
子供は、終始、母親がいなければ育たないものではありません。
また、一緒にいてあげられるのは、母親だけではありません。
父親だって、子供と一緒にいてあげられるはずです。
夫と相談した結果、夫が絶えずコミュニケーションを取ることを心がけてくれました。
少年野球のチームに入った彼に、お弁当を持って行ってくれたり、
いろんなところに連れて行ってくれたりしたおかげで、次男は少しずつ話をしてくれるようになりました。
長男も、子供ながらに責任感を持っているらしく、ちゃんと面倒を見てくれました。
「お母さんも、お父さんも、一生懸命働いているんだから、いい子にしてなきゃいけないんだ」
と、次男に諭す長男。
この2人の姿を偶然発見した時、
「親なくとも子は育つ、とはこのことか」
と、嬉しくなってしまいました。
次男の伸びる力を改めて信じてみよう。
そう思い直して、迷いを吹き飛ばして、楽しみながら働きました。
本当に、仕事をやりだして、いろんな問題があったけれど、息子たちや、スタッフに、
「自分のやりたいことをどんどんやりなさい」
と言ってあげられるのも、
「やりたいことをやっていれば、人は幸せになれる」
ということを話すことができるのも、その問題のおかげです。
子育てと仕事の狭間で悩む女性は、今も絶えることがありません。
でも、私は絶対の自信を持って言うことができます。
女が幸せになるためにやりたいことをやって、損をすることは一つもありません。
子供が損することもありません。
子供に対してやるべきことを全うすれば、後は子供は勝手に成長します。
「信じること」
「働くことは楽しいことだと教えること」
「材料をあげること」。
この3つができれば、それでいいのです。
斎藤一人さんの話を纏めました。
皆様、いつもご精読ありがとうございます。
お世話になっております。
Youtubeのチャンネル登録よろしくお願いします。
我が儘勝手で申し開きもございません。
上記の赤色のボタンを押してくださいね。
お手数ですが、遠慮なさらずに押して欲しいんです。