人のために、自分ができることを惜しまずにやっていこう
良くも悪くももらいっぱなしはダメ
自分の力で解決できないような問題起きたら、その時は、自分の周りの人に聞いてみればいいの。
普段から、周りの人達と良い関係を築いていたら、必ず助けを与えてくれるよ。
みんなに聞いてみたら、知っている人は必ずいるの。
だから、聞いてみればいいんだよ。
みんなで助け合えばいいの。
できないことをできるように努力するよりも、自分ができないことは人に聞く。
そして「ありがとう」を言う。
自分ができることは、快く行ってあげる。
そうやって、人のために自分のできることを惜しまない人は「惜しまない波動」が出るんだよ。
そうすると、周りの人の力が集まってくるの。
私はこの話をするのも一生懸命だけれど、相談に来た相手がたとえ一人でも、それと同じくらい一生懸命に話すの。
だから私は「人のために惜しまない」という波動があるから、周りのみんなも私のためにために、何事も惜しまずに行ってくれるんです。
「魂の時代」とは「助け合いの時代」です。
できないことを「私はこれができません」って正直に言えること。
それに対して馬鹿にする人がいたら、その人は自分のことを「いやなやつです」って言っているのと一緒なの。
そして、そういう人とは付き合わなきゃいいんだよ。
それと、「お前、そんなこともできないのか」って言われて傷つけられたら、傷つけられぱなしじゃだめだよ。
「あんた、嫌な性格だね」って言わなきゃ。
もらったものは、返さなきゃダメだよ。
愛をもらったら、愛を返すの。
嫌味をもらったら、嫌味を返すんだよ。
そのことで、人はだんだん嫌味を言わなくなるの。
だから、もらいっぱなしはダメなんだよ。
必ず返す。それで魂が成長する時代なの。
とことん自由にすると「本当の自分」がわかる
魂を成長させるためには「本当の自分の気持ちに従う。
そのためにも、欲とか、オシャレとか、反抗期とか、神様が私たちにつけてくれたものを大事にしよう」と話しました。
それでもやはり、本当の自分の気持ちに従うことができない人がたくさんいます。
そもそも、本当の自分が何なのかが分かってないんです。
もしあなたが、本当の自分というものが何なのかわからないとしたら、一度、とことん自由にしてみるといいよ。
そうすると、本当の自分というものがわかってくるから。
普段、「これが私の意見だ」とか「私の考え方はこうです」と思っていることも、実は他人のものだったりするから気を付けた方がいいよ。
例えば、「私は世のため、人のためになることがしたいんです」とか「社会に貢献できる仕事がしたいんです」と言っている人たちが、それが本当の自分の本心からなのかどうか。
そういう人たちがもし、宝くじで1億円が当たって、そのお金を全部、世のため人のために使いたいっていうのなら、それを本心からかもしれないね。
でもそうじゃないのなら、それは他人の影響だったり、「そうしないといけない」と思い込まされているのかもしれないから、気を付けた方がいいよ。
ただ間違っちゃいけないのは、「宝くじの当選金の正しい使い方」なんていうものはないんだよ。
もし正しい使い方があるとしたら、それは当たった本人が、本心から「これに使いたい」と思ったことが全部正しいの。
「宝くじに当たった事を誰にも言わず、こっそりと少しずつ使いたい」っていうのも正しいし、「半分は買いたいものを買って、半分は貯金する」というのもいいんです。
大切なのは、そのことで本人が幸せになること。
まずは、あなた一人でも幸せになること。
そうすれば、あなたから機嫌の良い波動が出て、必ず周りも幸せになってくるの。
それが一番、世のため人のためにいいことなんだよね。
他の人の意見に左右されず
心の声に耳を傾けてみよう
「自分は自由」の本当の意味
「世のため人のため」って、とても良いことです。
ただ、本当の意味での「人の為」っていうのは難しいんだよね。
例えば、「困っている人に物をあげる」のも、人のためなんです。
でも、「人に物をあげる」というのが、必ずしもその人のためになるとは限らないよね。
助けるつもりがその人の学ぶ機会を奪うことにつながることもあるし、「余計なお節介」になるかもしれない。
一番簡単で間違いなのは、「あなた自身が幸せでいる」ことなんです。
先ほど話した、宝くじで1億円が当たったという仮定なら、自分一人で好きなことに1億円使っても、それは全然悪くないんだよ。
「1億円の入った預金通帳を、ずっと眺めている」っていうのもありなの。
「使わない」と意味がないって思うかもしれないけれど、それで本人が幸せなら、周りにも絶対にいいんです。
ちなみにもし、私が宝くじで1億円当てたら、それを現金に換えて1枚ずつ数えるね。
友達も呼んで一緒に数えたり、一緒に記念撮影したり、みんなでワイワイ言いながら、何に使おうかって考えるの。
とにかく人は、自由なんです。
他人に迷惑をかけない限り、人は何を考えてもいいし、何をしたっていいんです。
まずは「自分は自由なんだ」っていうことがわからない限り、本当の自分もわからないよ。
「世のため」ではなく、まず、
自分が幸せになることから始める
親は絶対ではない。「自分がどうしたいか」本音で生きる
親が子供に、「いい大学に行かせたい」「いい会社に就職させたい」「医者にしたい」と思うのは、それはそれで正しいんです。
それに対して子供をはと言うと、親に反発したいの。
重要なのは、それがどこまで本気かなんです。
ちょっと反発したい程度なのか、とことんが反発して親元を出てもやりたいのか、その本気度の度合いなんです。
子供が「親の言いなりになりたくない」っていうのは、自然な感情なんだよね。
それと同じで、親が子供の心配するのも自然な事なの。
でも、本気で親の言うことを聞きたくないんだとしたら、親元を出てもやる子はやる。
あそこで子供は成長するし、親も成長するようになっているんです。
そこまでするほどじゃなくて、親の言うことを聞いていたんだとしても、それはそれで幸せなんです。
私のように、親にどれだけ「高校に行け」とか「大学に行け」とか言われても、絶対にいかない人もいるんです。
だから、「親にこう言われたんですけれど、ひとりさんならどうしますか?」って聞かれたら、いくらでも意見を言うけれど、大事なのは自分が本当はどうしたいかなの。
常に「自分がどうしたいか」が、あなたにとって一番正しいんです。
人は自由にしていいの。
愛とは自由なんだよ。
「自分のことばかり考えてはいけないんじゃないか」って思うかもしれないけど、それで自分が幸せなら、必ず周りの役に立つんです。
大切なのは「親の意見」ではなく
「どうしたいか」という気持ち
斎藤一人さんの話を纏めました。
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