コンクラーベ

斉藤一人さんです

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毒親からの逃げかた、教えます

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こんにちは、アシスタントのメロンです。私にとって、人に嫌われるということが怖くて、あってはならないことなんです。どうすれば人に嫌われなくなりますか?

 

メロンちゃん、視点をまずは変えましょうね。

 

もっと具体的にお願いします。

 

今回は人から嫌われるのが怖いのであれば、一度親との関係性を見直してみてはいかがでしょうか。そういった少し悩ましテーマについてお話ししたいと思います。

 

 

行動の動機

 

アメリカの精神科医でジョージ・ウェインバーグさんの話なんですが、私たちは行動をするたびに、行動の動機を強化してしまうんです。

行動の動機のきっかけとなった背景にある動機を、どんどん強化しているんです。

例えば劣等感のある人、自分のコンプレックス、劣等感を隠したいんです。

そういう時って、虚勢を張るんです。

そういった動機で行動をとったりすることがあるんです。

ですけれども、この虚勢を張れば張るほど、ウィングバーグさんがおっしゃったとおりに、実は劣等感がどんどん強化されていくんです。

あるいは人から嫌われたくないとか、いろんな人から嫌われたくないんです。

そういうの動機で誰にでもいい顔をしてしまうんです。

そういう行動を繰り返すせば繰り返してしまうほど、嫌われたくない。

絶対嫌われたくない。

そういう思いを、実は自ら強化していくんです。

そういうことが実は起きているんです。

そういう意味で、嫌われるのが怖いんだ。

 

やめる練習

 

そういう動機で今やっていることを一度洗い出してみて、それらを一つずつ止める練習をしてみるんです。

嫌われたくないという動機で、いろんなことをやっていたりするんです。

それを全部止めようとすると、ちょっと大変ですね。

一個ずつ完全に止めれるまで頑張ってみようということです。

一個止め終わったならば、それでは次これをやめてみよう。

そんな風にして一個ずつ止める練習をしてみたり、あるいは動機そのもの。

こういう理由でこれをするんだという動機そのものを見直してみるんです。

実はすごく大切なことだと思ってるわけなんです。

もちろんなんですが、今までしてきたことをやめるというのは、勇気がいることなんです。

新しく動機を構築してみるというのは、慣れるまで、習慣が身につくまでは、結構大変だったりします。

今までの癖で、ついやってしまうということが起きるんです。

人間って、習慣の生き物ですから、大変だと思います。

でも、勇気を振り絞って、やり続けてみる価値はあるのではないかと思います。

なぜならば、他の人の顔色、こういったものに振り回されてしまって、他人様の勝手な都合で、人様は自分の勝手に動きます。

そういう都合で振り回されてしまって、犠牲になってしまう。

自分だけが犠牲になってしまうんです。

そういう人生から抜け出すことが、そういう練習を繰り返していくと、できるのではないかと思っています。

 

今の話は前振りなんですが、ここからが本題に入ります。

 

毒親

 

あくまでも個人的見解なのですが、親からの暴力、親の言うことは聞きなさいという親の権限、権限みたいな話で圧倒的に服従させる。

服従をさせられて小さい時から育ってきた人、そういった方の多くは、やっぱり結構心の深い部分に、嫌われるのが怖い。

愛されなくなるのがすごく怖い。

見捨てられるのがすごく怖い。

そういったものが、奥底の方に張り付いていたりするんです。

それともう一つなんですが、いつでも良い人でいなければならない。

いつどんな時でも、私は良い人で居続けなければならない。

やはりそういったものが、心の奥底に張り付いていたりするんです。

なかなかこれが外れなかったりするんです。

 

対人恐怖

 

なぜそういうことが起きるかといえば、無意識に恐怖みたいなものが、嫌われるのが怖い。

見捨てられるのが怖い。

また親から殴られるのが怖い。

そういったものが無意識に張り付いているんです。

焼き付いてしまうのではないかと、私個人では思っているんです。

なので人から嫌われるのが、過剰に怖いんです。

そういう人の根っこにあるものは、そもそも人なんですよ。

この人からということではなくて、人、全員なんです。

ありとあらゆる人から、自分が嫌われたり、馬鹿にされたり、見捨てられたりするのがすごく怖いんです。

そういうことをすごく心の根っこの方に持っているんです。

いわゆる対人恐怖なんです。

そういうものがあるのではないかと思っています。

心の深い部分が何かしらの恐怖、そういったもので試されているんです。

占領されているんですね。

そういう風になっていると、自己啓発本とか、スピリチュアル系の本とか、セミナーなんですけども、ワクワク感に大切にしましょう。

そういう話はよく出てきたりするんです。

ワクワク感とは、何という感じなんです。

ワクワク感というよりも、とにかく安心したいんです。

 

自作自演

 

今日1日平穏無事で過ごしたいんです。

そういう欲求の方が、実はワクワク感より強かったりするんです。

とにかくただただ穏やかに、何事もなく、今日1日が過ぎ去ればいいんです。

来生たかおさんの歌詞でそんなのがあったと思うんですが、そんな感じなんです。

ただただ何事もなく、終わればいいんだという感じです。

そっちが優先されるので、自分が心から楽しめることとか、心からワクワクできることとか、それどころではないんですね。

ただ、実はここでものすごい問題が生まれているんです。

どういう問題かというと、少し悩ましい話なんですが、ただただ穏やかに生きるということです。

今日も一日無事穏やかに過ぎたという感じです。

そういうことを実感するために、何が必要かというと、不安とか心配事が必要になるんですね。

 

これ、伝わっていますでしょうか?

 

まずはじめに、もしかするとこういうことが起きるのではないだろうか。

こんな出来事が起きたらどうしよう。

不安とか心配事をまず自分で考えるわけなんですね。

妄想するなり、いわゆる創作するんです。

それに対してあれやこれやと悩むんです。

あれやこれやと悩んで、その不安事とか心配事とかが現実にならないことを確認した時に、「良かった」と思うわけなんです。

これは分かりますかね。

いわゆるこれを自作自演ともいいます。

 

私は自作自演なんですか?

 

結構、気づいていない人が多いんですね。

 

本当だったならば、穏やかさや安心感を感じたいのであれば、愛とか感謝とか、絆とかというふれあい。

そういったものとか、信頼関係とか共感です。

そっちの方にエネルギーを向ければいいんですが、ちょっと前にもお話しした通り、そもそも人が怖いので、人と関わって安心できるとか、ほっとするとか、心が穏やかになる。

人と関わることによって、そういう穏やかな感情を持つようになる。

ということは怖くてできないんです。

なので自ら起きるか分からないような、まずは不安事とか心配事を自分で作るんです。

それが起きなかったことを確認して、「良かった」、今日も一日無事だった。

そういうことは思ってしまうわけなんです。

 

これは伝わりますでしょうか?

 

動機の強化

 

先ほどお話ししたジョージ・ウェインバーグさんの行動すればするほど、動機が無自覚に強化されていくんです。

なので自ら心配事とか不安事とか、妄想をし続けるという行動をし続ければ続けるほど、実はどんどん不安事とか心配事とかは、強化されていくんです。

なのでさらにどんどん、どんどん人が怖くなっていくんです。

人と関わるとすごく緊張して、疲れるんですね。

そういうことが実はどんどん強化されていくんです。

そんな風になって、どうして私は人が苦手なんだろう。

そういうことに対してすごく自己嫌悪に陥ってしまうんです。

自分を責めてしまって、そういう感じでどんどん、どんどんネガティブグループにはまっていったりするわけなんですね。

 

ネガティブグループ

 

特に厄介なネガティブグループ、劣等感とか罪悪感とかのネガティブグループは本当に厄介なんです。

例えば劣等感みたいな思っていたりすると、誰しも大なり小なりが持っているんです。

すごく囚われてしまって、こんなことができない自分は、最悪なんだ。

生きてる意味はないんだという劣等感とか罪悪感なんですね。

そういうものを持っていたりすると、余計に人に対する恐怖感、この人と比べたら自分は最低なんだ。

そういうことを感じてしまうので、恐怖感が増していくわけなんです。

私たちは何をしがちかというと、劣等感をリカバリーしようとするので、自分なりの武器を身につけようとするんです。

例えば地位、名誉、資格、高級品、ブランド品、そういったものを身につけることで、かりそめの武器なんですね。

そういったものを身につけることで、他の人より優位に立とうとするんです。

自分の方があなたより、ちょっと良いものを持っているでしょう。

それで劣等感を覆い隠そうとするんです。

繰り返しのお話になりますが、そういった武器を自分で身につけようとする動機が、劣等感を隠したいんです。

そういった動機に基づいて、頑張って仕事をして、高い服を買うとか、高い車を買うとかすればするほど劣等感が強化されてしまうんです。

 

伝わっていますでしょうか?

 

こんなに頑張っているのに、実は裏腹な結果の方に向かって頑張っているんです。

そうすると、とんでもない恐ろしいことが待っていたりするんです。

人から嫌われるのが極端に怖いと、一度親からどう思われているかについて、真剣に考えてみるのが良いと思います。

見直してみても良いと思っています。

 

見直す方法

 

見直す方法としては、例えば学歴、会社、親孝行ではなくて、私は私そのものだから、愛されているわけで、他の誰かよりすごいことができるから、親の期待に応えるから愛されているわけではないんです。

私は私そのものだから、愛されているんです。

ということを改めて再認識してみるんです。

私は大切なことだと思っています。

ただこういう話をすると、私は親から愛された記憶はありませんという話が、結構出てきたりするんです。

どうしても、親から愛されたと感じたことがない。

私は親から愛された実感を持ったことがない。

もしそういうふうに思うのであれば、自分に何か落ち度があったからとか、私はあの時ああいうことをしなかったから、私は愛されなかった。

私は親が期待していた学校に行けなかったから、愛されなかった。

私は親が期待していた何かを出来なかったから、愛されなかった。

そういうふうに自分を責めたり、罪悪感を感じたり、さらに劣等感を強化したりするんです。

自分の無価値感を強化するのではなくて、少し開き直ってください。

 

これは難しいと思う方もいるかもしれません。

 

 

未熟な親

 

そもそも、うちの親は親らしい愛し方をすることができない親だったんです。

親らしい愛し方を、何らかの都合で知らなかったんです。

未熟な親だったんです。

そういうふうに開き直って、一度親との関係性、親から自分がどう思われているかということを見直してみてはいかがでしょうか?

単純に私が悪いのではなくて、未熟な親もとに生まれてきただけなんです。

それくらいの話なんです。

真剣に考えてもらえればいいですね。

 

私が人に嫌われたくないのは、親から来てるんですか?

 

根本的にはそうなります。無自覚ですから、これからは親との関係性を見直して欲しいんです。

 

少し恐怖感みたいなもの、人から嫌われるのが、極端に怖い。

そういったものが、薄まっていくと思っています。

というのも、自分が愛されていないとか、そういうふうに思っていると、極端に嫌われるのが怖いんです。

そういう感覚から抜け出すのが、どうしても怖いんです。

 

 

他人軸と自分軸

 

自分は愛されてもいないし、認められてもいないんだ。

そういうふうに思っている人と、自分は認めている人から、ちゃんと認められているんです。

愛されてる人からは普通に愛されている。

自分は受け入れられている。

そういう風に思ってる人、物事の受け取り方、いろんな出来事を毎日体験しますが、体験する出来事の受け取りかたが、全く違ったりするんです。

自分は愛されていない。

自分は受け入れられていない。

自分は認められていない。

そういうふうに思っている方は、客観的に見れば問題のないことでも、どんどん悩んでいいって、自ら問題を作り出してしまうんです。

例えば、成功に関する考え方が、全然違ったりするんです。

どういうことかというと、自分は認められていない。

愛されてもいない。

そういう人にとって、成功とは何を指しているのかというと、人から評価されること、人からすごいねと言われること。

人から評価されること、人から賞賛されることが成功だと思ってるんです。

認められてナンボと思っていたりするんです。

一方は自分は愛されているし、認められているし、受け入れられていると思っている方にとって、成功とは何を指してるかといえば、自分が心から満足すること、自分が心からの達成感とか、充実感とか、そういったものを感じることですね。

感じることができれば、それで成功なんです。

シンプルに言い換えるのであれば、前者が他人軸で後者が自分軸ということです。

他人軸で生きている人にとっては、他人から評価されることが目的になってるんです。

手段ではなく目的になっているんです。

当然ですが他人から評価される。

他人から評価されることが目的であれば、嫌われるということはありえないんです。

嫌われると、全てを失ってしまうんです。

常にどんな人に対してでも、自分を良く見せようとするんです。

自分のことをものすごくよく見せて、好かれようとするんです。

嫌われないようにしようということです。

そういうことを頑張ってしまうわけです。

できないことをできると言ってみたりするんです。

本当は嫌なのに大丈夫と言ってみたりするんです。

こうしていろんなことを頑張ったりするんですよ。

そうやっていると、実は自分にも嘘を積み重ねているんです。

自分に対して嘘をついていると、やはり苦しくなってくるんです。

苦しくならない方がおかしいんです。

毎日、毎日嘘をつくので、苦しくならない方がおかしいんですよ。

「どうしてあんなことを言ったんだろう」とか、どんどん自分を責めるんですよ。

そういう習慣から抜け出せなくなるんです。

それでも嫌われたくないから、自分に嘘をつき、自分だけが犠牲になるんです。

そういうネガティブグループで、そこから抜け出せないでいるんです。

抜け出せないのでどうするかというと、他人のことを責めたくなるんです。

自分も責めます。

怒りを抱えてしまうんです。

どうして私にあんなに無理ばっかり言ってくるんだろう。

どうして自分は無理難題に対して、嫌だと言えないんだろうという怒りもあるんです。

抱えなくてもいい怒りを、毎日蓄積していたりするわけなんです。

それでは、心がどこかのタイミングでパンクしてしまうんです。

 

少しグダグダになってきました。

 

Greenさん、いつものことですね。

 

最後に

 

最後にまとめますが、私って本当に可哀想な人だなとか、言葉に出して一回言ってみてください。

そういうことを実際言葉に出してみた時に、本当にそうだよねと思うのであれば、もしかしたら、ご自身でネガティブグループ、自作自演で劣等感とか罪悪感とかを強化して、強化する方向で頑張っているんです。

そういったネガティブグループに陥っている可能性が高いんです。

一度私は親からどう思われているのか、親との関係性、そういったものを再認識してみるんです。

そういうことをしてみると良いと思います。

あとは自分の行動、よろしくない動機に基づいて行動しているのであれば、嫌われたくないとか、バカにされたくないとか、笑われたくないとか、そういった動機に基づいて何かを頑張るのであれば、ちょっとやめてみるんです。

あるいは逆に動機自体を肯定的なものに書き換えてみるんです。

こうされたくないからこうするのではなくて、これこれこういうことをしたいから、こうするんだみたいな感じです。

したいという方向の動機に書き直してみることを、やってみると自分の中で、長い人生の中で培われてきた癖、劣等感とか罪悪感とかを強化する無自覚な癖から、少しずつ抜けさせるのではないかと思っています。

どこかのタイミングで、やはり心は限界があるので、燃え尽きてしまったり、溢れてしまったりして、自分で自分を責めて鬱になったりするんです。

そういうことはやはり起きますので、見直して見られると良いのではと思っています。

一度自分は親からどういう風に思われているのか、自分でどういうふうに考えているのかを、1回真剣に考えてみられると良いと思っています。

今回は人から嫌われるのが怖いというのであれば、一度親との関係性について、あるいは付随してお話ししたのが動機です。

 

普段している行動の動機、これを見直してみてはいかがでしょうかというお話でした。

 

いかがでしたでしょうか、少し長かったのですが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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