肉体から魂が抜けると、人は時空を自由に動ける
あの世では、この世界の100年なんて瞬きくらい短いものだ
幽体離脱も浮遊霊も、あの世では自然なことで怖いものではない
天では時間も空間もすごく自由なんだ
人は死が近づくと、家族や人たちにお別れを言いに行くという話があるよね。
「病院にいるはずのおじいさんの声が聞こえたと思ったら、間もなくなくなったという連絡が来た」
などと話す人もいるし、「道を歩いていたらおばさんの香水の香りがして不思議に思っていたら、携帯電話が鳴って、おばさんの死を知った」なんて言う人もいる。
兄弟が同じ時刻に、母親の死を感じたというケースもある。
お母さんは遠く離れたところに住んでいたそうだけど、お母さんが亡くなったのと同じ時間に、兄は家族写真が倒れたことで、弟は時計が急に止まったことで、それぞれお母さんの死を感じたそうだ。
死にまつわる不思議なエピソードはたくさんあるものだね。
肉体から魂が抜けると、人は自由に空間を巡ることができるんだ。
こういう現象を幽体離脱って言うんだね。
この世で時間は、1秒1秒同じ速度で進む。
世界共通だけど、これは人間が作った観念なんだ。
実は、あの世では時間というものがない。
ゆっくりと時間を進ませたり、スピードを上げて時空を超えてワープしたり、いろんなことが自由にできるの。
今この場所に留まることもできれば、過去や未来へ行くこともできるんだ。
映画の世界みたいにね。
魂を分けることもできるから、1つの魂は過去、こっちは未来へ、そんな風に複数の場所で同時に存在することもできる。
時間の観念がないから、この世にいる私たちには想像できないことが起きるんだね。
あの世では、この世界の100年なんて、瞬きくらいなのかもしれない。
そう思うと、大事な人との別れも辛く考えなくていいんだよ。
だって、天の上で魂として共にする時間の方がずっと長いんだから。
多分、死期が近づいた人が、時空を超えて挨拶に来るのも、寂しかったり、悲しがったりしないように、「また、あっちですぐ会えるからね」って言いに来てるんだよ。
余談だけど、時々は、生きている魂も、別れて時空を彷徨うことがある。
一人さんのお弟子さんでも、「病気で寝ている間に自分の寝ている姿を天井から見た」という人がいるよ。
その時、天井に傷を見つけて、「もし意識が戻ったら、傷があるか確かめてみよう」と思ったそうだ。
そして、目が覚めて、天井に同じ傷を見つけた時、自分が幽体離脱していたことを確信したそうだ。
これも怖いものではなく、魂が分かれたり、時空を超えたりするのは、天へ逝けば当たり前のこと。
そんなに驚かなくてもいいよって話だね。
天の法則を知れば、幽体離脱も、そして浮遊霊も怖いものではない。
天の不思議を今知ることで、みんなが楽になれたら、一人さんはそれだけで嬉しいんだ。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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