この世の中で一番多い悩みの一つが人間関係の悩みなんだそうです。
人間関係の問題を解決するコツというのがありますので、それについてお話ししようと思います。
「せっかくいいこと教えてあげたのに」と言うけれど
今から話すことは「良い」とか「悪い」とかという話ではありません。
一人さんが個人的にやりたくなくてやらないことだったり、やりたいからやることだったり、そんな程度の話だと思ってください。よろしいですか?
まず、皆さんに、ちょっと質問します。
たまに、こういう話が耳に入ってきませんか?
「あの人はね、こっちが、いくら良いことを教えてもやらないのよ。
いいことを聞いた時点でやり始めれば、上に上がっていくのにね。
せっかく『これ、やるといいよ』って教えてあげているのに、やらない。だからダメなのよ、あの人は」
こういう話をじーっと聞いている時、一人さんはこんな風に思ってます。
「それ、ふつうだよ」って。
「ふつうだよ」って、どういうことかと言うとね、「いいことを教わってもできない」ということは、一人さん的には「駄目」じゃなくて「ふつう」なんだということです。
「いいことを教えたのに、あの人はやらない」って言うんだけど、「やれない」の。
ふつうは「やれない」ものなんです。分かりますか?
たいがいの人はやれないんです。
だから、あなたはダメじゃないよ、「ふつう」なんだよ。
ということなんです。
いいこと教わったら、「いいこと聞いた」って。
聞いた時点で実践し始める人はお利口で、それ以外の人間はダメな人間。
そういう風に、「利口」と「駄目」っていう分け方で人間を見ることを、私はしたくないのです。
なぜかと言うと、人間は、神様が創った最高傑作なんです。
それよ「利口」とか「ダメ」とか誰にも決めつけられないんです。
そして私は、天の神様が「見事だったよ、一人さん」って、マルをくれるようなことを私が言えるかどうか、という楽しいゲームをしているつもりなんです。
それで、私が「あいつがダメなんだ」とか、「どうしようもない」とか言って、投げ出しちゃったら、私の負けになっちゃうんですよ。
私が個人的に好きでやってるゲームだから、一人も「やりなさい」と言うつもりはさらさらないの。
それよりも、皆さんに伝えたいのは、この世に生まれた者に「ダメな人間」「必要のない人間」は一人もいないんだよってこと。
そして、できなくても「ふつう」なんだよということなんです。
いいことを教わってもできない人間は「だめ」じゃない。
できないのが「ふつう」
慌てて駆け出さずとも、あなたの道はそこにある
いいこと教わって、その時点で「よし、自分もやってみよう」ってなる人も、もちろんいるでしょう。
そういう人は、私からしたら「普通以上」、優秀な人です。
そして、「一回でもやれた」というだけで「成功者なんだ」って、私は思っているんです。
ですから、私の人を見る目は、「ふつう」か「ふつう以上」か。
そして、「ふつう以上」は成功者だよ、ってみる。
皆さん、それぞれ、自分の考え方があると思うんですけど、一人さんの場合は、そんな風な考え方を持っています。
それと、私は、「ふつう」から「成功者」までの行き方って一通りじゃないんだっ、て思っているんですよね。
100通りでも、何通でもあるんだよ、って言うんです。
例えば、自分の部屋を掃除しなかった人が、部屋が汚れていると気付いて掃除をするようになり、次は一週間に一回、週末に掃除するようになって、そのまた次には「1日置きに行ってみようかな」とか、なる人もいると思うんですよ。
だけど、部屋に要らない物を置いておくと、心身が不調になったり、いろんなことが起こったりしてやっと、「部屋を掃除しよう」ってなる人もいます。
結局、その人、その人、それぞれの行く道というのがあるんです。
その人がちゃんと考えて、自分なりの進み方でそれぞれの成功の道を歩いて行くものなの。
それを、例えば私があなたのことを「ダメなやつだ」と決めつけちゃうと、私から「駄目だ」という波動が出て、それをあなたがキャッチした場合、あなたは本当に駄目になっちゃうんですよ。
だから、私は言うんです、「できないのが普通なんだよ」って。
「あなた、できない自分にダメ出ししてるけど、普通はできないんだよ」って。
そういう風に「あなたはふつうなんだよ」って言った時に、「できない」「できない」と言っていたその人にも、何かやれることが出てきたり、「やれること、やってみようかな」と変わってきたりするものなんです。
例えば、毎日、自分の部屋を掃除するのは無理でも、「3日に一回は、やろう」とか、「やってみようかな」とか、緩やかな成功の道を歩き出す。
たった一歩だけでも上等なの。
どんな形でも成功の道は歩き出せた時、その本人にとっては、これ以上の喜びってないのだから。
「ふつう」と見てあげた時から、
その人は緩やかな成功の道を歩き出す
一人さんの「成功」の概念
昔は栄養価の高いものがいいもの、学術的に価値があるものとみなされていました。
食物繊維なんて腸の中で水分を吸収してカサを増やして排便を促すだけで、特にこれといって役に立たない。
むしろ、体に不要なものだと思われていたんです。
最近になって、美容や健康は腸内細菌と食物繊維の絶妙な連携プレーで維持向上される、ということが分かってきたら、「食物繊維が豊富なものを撮りましょう」って。
「お肉や卵、魚を食べながら、食物繊維が豊富な野菜や海藻類もしっかり食べなきゃ」って言われるようになってきました。
お肉だとかたんぱく質だけと言っていると、よくないよって言うでしょ?
タンパク質は体に絶対、必要なものなんだけど、偏った取り方をすると腸にあるものが傷んじゃうことがあるの。
それを防止するのに野菜だけでは力不足だから、海藻類とか他の食物繊維の豊富な食材も取りましょうってね。
何を言いたいのかと言うとね、若々しくて健康な人達って、知らず知らずのうちに健康増進になるようなことをしているんですよ。
健康的な生活をしている人で、のべつまくなしお医者さんに診てもらってる人とかっていないんです。
本来を言うとね。
だから、食生活とか心の持ち方、考え方とかを見ていると、若々しく健康な人には「こういう生き方が、美容と健康にいいよ」というのが、あるんですよ。
そういう情報って、うちのお客様に喜ばれるから、私はいち早くキャッチしようと思って、常にアンテナを張って、こう、世の中を見ているんですけどね。
この前はある女優さんが、もう80過ぎなんだけど、一日一回はお肉を食べるんだって。
でも、血液を調べたら血が綺麗なのね。
久しぶりにテレビはつけたら、そういう番組をやってて。
要するに、いつもアンテナを張っていると、何か感知するセンサーでもついてるのか、求めていた情報をキャッチできるんだよ、って言いたいんです。
しかも、アンテナを張っている人というのは、アンテナを張るのをやめることができない。
生まれつき、そういう性質なんです。
だから余計、どんどん情報が入ってきちゃう。
常にアンテナを四方八方、張り巡らしている人は、銀座でぶらぶら買い物をしていようが、近所の下町の商店街は歩いていようが、見えるものが違うんです。
アンテナを張っている人は、ただ買い物をしている人にはわからない情報の価値を瞬時に見極めることができる。
それと、砂金採りと一緒ですね。
アンテナを張っていると、砂の中から金を見つけ出せる。
その金を仕事に活かして、お客様に喜んでもらうこともできるんです。
でも、だからって「あなたも、一人さんのように、アンテナを張ろうよ」とか、一人さんは言わないの。
みんな、四方八方にアンテナを張って生きてるわけじゃないんだもん。
ふつうは、アンテナを張らずに日々、過ごしているもんなの。
だけど、自分ではなかなかアンテナを張れないけれ、そういう人たちの中で、四方八方にアンテナを張り巡らしている人の言うことに耳を傾けていればいいやって。
例えば、一人さんにアンテナを向けるようになったりする人が出てくるんですよ。
それで十分、成功してる人だと私は思っています。
それは、「成功」の基準をどこに持ってくるのか、なんです。
私の場合は、100点満点の中の1点とか、2点とか、5点とか、ほんのちょっとでも取り入れようとした人は成功者なんだよ、ということにしているんです。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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