「これ以上は無理」と思ったところからもう一段上がることができるんです。
限界の先から、もう一歩
私は子供の頃から、
「想像もつかないくらいのお金持ちになる」
と思っていました。
女で1つで私を育てながら、村で唯一の雑貨店を営んでいた母に、楽をさせてやりたいと、子供心に思っていたからです。
ただ、ちびっこの私には、どれぐらいのお金を持てば「お金持ち」と呼ばれるのか、分かりませんでした。
だから、「想像もつかないくらいのお金持ちになる」と思っていたのですね。
でも、実を言うと、自分がテレビに出たり、講演をしたり本を書いたりするような、お金持ちになるとは思っても見ませんでした。
というのは、社会に出た時、私は指圧師だったんです。
たくさんの方に可愛がっていただき、指名もたくさんいただいて、結構な収入を頂いていました。
北海道の、帯広で指圧治療院を開業した当初は、運転資金をプールしておくことを忘れていて、財布の中に3000円しかないということに気づいて愕然としました。
「このままではいけない、とにかく稼ごう!!」
うちの兄が地元に顔が利く人だったおかげで、「出張でしてくれない?」とか、「村で健康教室をやるので、話してくれない?」とか、色々声をかけてくださって、どんな仕事も「ありがとうございます、喜んで!!」と、やらせていただきました。
そうこうするうちに、うちの治療院に知らずを受けに来る方が増えてきて、少しずつですが、貯金ができるようになって行ったんです。
そんな頃、私は壁にぶつかってしまいました。
当時、1人1時間指圧をして3000円。
指圧地は私1人でしたから、1日がんばっても10人が限界でした。
がんばっても現状維持、というのは、「面白くないな」と思ってしまったんです、私。
もうちょっと、儲かった方が、私は楽しいのです。
そこで、私は儲かることを考えました。
電気治療の器具を何台か買って治療院に設置しよう、と。
そうだ、電気治療の回数券も作ろう、と。
その結果、そこそこ、電気治療を受けに来る方もいました。
ところが、ある時、うちの治療院に、一人さんがふらっとやってきて、電気治療の器具が置いてある部屋を見てこう言ったんです。
「この機械は、フル稼働しているかい?」
私は「えっ?」と思いました。
正直、一人さんが何を言っているのか、わからなかったんです。
心の中で私は「電気治療を24時間営業にしろとでも言うの?」と、
ちょっと文句を言ったりなんかして。
今の私だったら、一人さんが何を言わんとしているのかがよくわかります。
まだまだ改良点があるのに、私はそれに気づいていなかった。
というか、「まあ、こんなもんでしょう」とか、「自分はがんばっている」と思っていたのです。
「がんばる」とは、改良することに「がんばる」ということなのに。
これが、私にとって、人生で初めて体験した壁でした。
自分の能力の限界を感じていたんです。
ただ、今の私がいる、ということは、私はその限界を超えたんですよね。
ということは、それは限界ではなかった、ということなんです。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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