せっかく神様が出してくれたお知らせなのにって
何でも自分に都合よく受け取ればいい
最近でこそ自分では運転しない一人さんですが、かつてはよく、1人さんの運転する車に弟子の私たちも乗せてもらっていました。
その度に、私は1人さんの優雅な運転に惚れ惚れするのです。
スピードに恐怖を感じることがなく、かと言って、決してのろのろ運転ではありません。
ゆったり安全運転なのに、ずっとなめらかに走る感じ。
しかも、それを高級外車でやるものだから、こんなにかっこいいドライバーはいません。
その様子をつぶさに観察し、「私も見習おう」と思っていました。
この話をすると、一人さんは笑いながら言うんですね。
「俺は急ぐってことがないの。
いつも時間が余ってるし、暇だからドライブしてるだけで。
単なる移動じゃないから、気持ちの余裕が違うんだろうね。
ひとりさんにとっては、ゆっくり走るぐらいがちょうどいい。
目的がドライブなんだから、俺は景色が見たいんだよ。
景色が見えないほどスピードを出すなんて、ドライブじゃないだろ?
人それぞれ、落ち着くスピードってあると思うんだよ。
一般道でこの程度がいいとか、高速道路ではこのぐらいとか。
俺にとっては、安全運転がちょうどいいスピードなんだね」
日常的に車の運転をする人は、いつも運転をしているから大丈夫という「悪い慣れ」に陥りやすく、気の緩みで事故につながることもあります。
実際に、ものすごいスピードで前の車を追い抜いたり、ウインカーも出さず無理な車線変更したり、周りの方が怖くなるようなドライバーっているんですよね。
そういうのを見るたびに、「事故を起こさなきゃいいけど」って心配になってしまいます。
かく言う私も、群馬まで毎日、運転していた頃は、時折、緊張感が薄れてしまうこともあって。
片手運転になっていたこともあります。
でも、大抵そういう時は、何かしらの「お知らせ」があるんです。
フロントガラスの向こうで、太陽光がキラッと光ったりして。
そこではっと気づき、気を引き締め直すことができたおかげで、事故につながったことはありません。
こういうシグナルって、多分、みんなにあると思うんです。
ただ、多くの人を見逃したり、せっかく気づいても受け流したり。
目に見えないものを、あんまり気にしていないんですよね。
その点については、神様に守られている感覚がある私としては、ちょっともったいないなって思います。
せっかく神様が出してくれたお知らせなのにって。
神様を信じるかどうかは別としても、自分のメリットになることは、いくらでも利用すればいいと思います。
一人さんの言うように、何でも自分に都合よく受け取るのが正解。
それで災難を避けられるんだったら、こんなにありがたいことはないですよね。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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