知るということは、知らない人の役に立つためです。
SNSで困ったら相手に発言させないこと
最近は、SNSやなんかで、一般の人でも自由に自分の意見を発信できるようになりました。
そんな時代の変化で、ひとりさんのところにも、SNSにまつわる相談事が増えています。
一人さんは携帯電話すら持っていないぐらいなので、インターネット上のことはよく分かりません。
ただ、実際に会ったことのある相手だろうが、ネットを介した関わりだろうが、人間同士が交流するという意味では同じだと思います。
やっぱりみんなが一番頭を悩まされるのは、「悪意のある相手」が出てきた時なんだよね。
匿名が許される世界だけに、とんでもない悪口を書き込んできたり、下に見て馬鹿にしてきたり。
一人さんの考えを言えば、こういうやつは完全にシャットアウトするのが一番です。
嫌な書き込みが見えないように、コメント欄を閉じた方がいい。
人に悪意のある言葉を投げるやつって、誰かを傷つけることで、自分が憂さを晴らしているんだよね。
自己肯定感の低い人なの。
こういうのに効果があるのは、自分は好きなように投稿しつつ、相手には発言させないこと。
だから、コメント欄を閉じるのがいいと思います。
そうすれば、相手は一方的に見るだけで、何か言いたくても、入り口がしまったら悪口も言えない。
自己肯定感が低い人にとって、これほど悔しいものはないからね。
そしてもちろん、自分が誰かのSNSにコメントする場合は、「言われた相手がどう思うか」という視点を絶対に忘れちゃだめだよね。
その点、一人さんの仲間たちは素晴らしい。
些細なことでも「ありがとう」が身についている人たちだから、出てくるのは感謝の言葉ばかりなんです。
例え自分とは違う意見の人がいても、「そういう考え方もあるんだね」「勉強になった」という受け止め方をするので、相手を否定しようだなんて思いもしません。
昔、一人さんが本を読んでる時におふくろさんが言ったの。
「勉強して知識を増やすのは、人を馬鹿にするためじゃないよ。
大学を出てる人の中には、行ってない人を下に見るのがいるけど、そんなことのために大学へ行くなら、行かない方がずっといい」
知るということは、知らない人の役に立つためです。
それを、ちょっと知識があるからって人を見下すなんて最低だよ。
こういう人間に知識があると、ろくでもないことにしかならない。
知識なんかない方がよっぽど可愛いし、それが社会のためにもなるんです。
愛を出すのは、息を吸ったら吐くのと同じくらい当たり前。
それもできないようじゃ、しょうがないよ。

平凡な毎日こそ奇跡なんだ
日本は平和の国だから、戦時中みたく爆弾が降ってくるわけじゃない、ほとんどの人が人間らしく暮らせています。
それを当たり前だと思い、平凡な日々をつまらなく感じたり、不満を抱いたりする人がいます。
日常が淡々と過ぎていけば、飽きてしまうのもわからないではないけど、平凡って本当はすごく特別なこと。
平凡な毎日を送れるだけで幸せです。
過去に大きな震災が何度もあったように、同じ日本に暮らしていても、突如として大切な人や家を失うことがある。
交通事故なんかもあちこちで起きていて、平凡な暮らしが奪われてしまった人はたくさんいるんです。
それを思うと、戦争や災害と言った大きな苦難と無縁でいられること。
大切な人、英語に暮らせること、
どれもが特別で、奇跡なんだよね。
ひとりさんは、今日も生きていられるだけでありがたい。
笑っていられることに、感謝しかないんです。
今ある環境が特別なものだと知っているから、不満なんて出てきません。
せっかく与えられた幸せな環境なのに、そこですら楽しく生きられないようでは、どこへ行っても不幸なの。
「これがあれば幸せになれるのに」と思っているものを手に入れたって、すぐにまた新たに不満に支配されるだろう。
今あるもの、自分が持っているものに感謝し、ここで楽しむ気持ちがなきゃ、波動の法則から言っても未来は暗い。
1つ、自分が持っているものに目を向けられられるようになる方法を紹介しましょう。
あなたには、体があります。
もしかしたら、どこか不具合はあるかもしれないけど、目が見える、耳が聞こえる、声が出せる、美味しいものが食べられる、自分の足で立って歩ける、内臓が正常に機能している・・・・・・そんな風に、できることがたくさんあるよね。
体の全部がまともに動かない、ということはないと思います。
じゃあ、その体をお金に換算してごらん。
これはあくまでも例え話で、法に触れるようなことを想像しないでもらいたいんだけど。
もし、「あなたの耳を50万円で売ってください」という人がいたら、あなたはどうしますか?
考えるでもなく、断ると思います。
耳がなくなった後の不自由を思うと、いくらお金を積まれても応じられません。
目がなくても、鼻がなくても、臓器がなくなっても困ります。
体の中で、どれ一つとして不要なものはない。
どれだけ大金を積まれても、体を切り売りすることはできないよな。
つまり、私たちは生まれながらに莫大な財産を持っているわけです。
目玉1個、腕一本にしたって、とんでもない価値がある。
この事実に気づくことだよ。
あなたに健康な体があるのは、当たり前じゃない。
それこそ、何億、何兆というお金を毎日持ち歩いているのと同じなの。
同じように、もしあなたが今、毎日を平凡でつまらないと感じているとしても、そんな日常だって、いくらお金を出しても買えないぐらいの価値があります。
そう思えば感謝が湧くし、豊かな気持ちにもなるよね。
笑いながら豊かな波動を出していれば、豊かさが豊かさを呼び、本当に成功して豊かにもなると思います。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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