恋をして、そのこと自体に感謝できる人は、すごく魅力的だからね。
恋をすること自体が特別なギフト
恋をするって、それだけで素晴らしい。
好きな人がいるだけで世界は明るく見えるし、ウキウキ、ワクワクするよね。
生きてるっていいな、人生って楽しいな。
そんな気持ちになれるって、なかなかないんです。
人生がパッと明るくなる、貴重な体験なの。
恋は、それ自体がすでに、とてつもないギフトだよね。
恋に落ちただけで心が満たされ、既に楽しい。
たとえ思いが届かなくても、そんな気持ちにさせてくれた相手には感謝です。
相手も自分を好きになってくれたらそれはそれでめっちゃハッピーだけど、成就してもしなくても幸せなのが恋。
だから、恋というのは、その結果にこだわりすぎなくてもいいんじゃないかな。
というか、一人さんの周りで「この人は、いつもいい恋してるな」って人の中で、相手に執着してる人は見たことがありません。
つまり、結果よりも感謝の心で恋を楽しんでいると、むしろ相手からの反応がいいってことなの。
それはそうだと思うよ。
誰だって、執着されたら嫌なものでしょ?
初対面で「ちょっといいな」と思った相手でも、中身がしつこい人だと分かったとたん、幻滅しちゃう。
その反対に、好意を寄せてくれた相手が、自分の自由を絶対に奪わず、さりげない親切や感謝を示してくれたら、初めは全く眼中になくても、いつのまにか恋に落ちるって事もある。
さらっと軽い気持ちで好きになってもらえた方が嬉しいよね。
もちろん、いくら軽やかに恋をしても、振り向いてもらえないことだってある。
相手にだって好みはあるし、選ぶ権利もあるからね。
そういう時は、他にご縁のある相手がいるからうまくいかないんだと思えばいい。
次に出会う人が自分にとって最高の相手だから、今ときめいてる相手とうまくいかないだけなんだよ。
そうやってどんな恋でも楽しんでいたら、その姿を見た誰かが、あなたに恋をしてくれるかもしれないしさ。
恋をして、そのこと自体に感謝できる人は、すごく魅力的だからね。
振られたっていい。
その時は、「私の魅力がわからないんだ」って、すぐ次の人に行けるぐらいの軽さだよ。
世の中には、人がごまんといるの。
日本だけでも、何百万人、何千万人と恋人候補がいるわけだからね。
一人にふられたぐらいで落ち込んでる暇はない。
どんどん恋をしようぜ。

いい関係とは「自由にできる」こと
最近では、自由なパートナー関係も増えてきたと思うけど、それでもまだまだ「旦那の頭が固い」「奥さんが口うるさい」って言うケース、あるんじゃないかな。
遊びに行くと言うと、配偶者がいい顔をしない。
出かけても、いちいち「何時に帰るの?」とせかされて落ち着かない。
気に入ったものを買って帰れば、「まだ無駄遣い?」「派手すぎる、年相応の格好をしろ」なんて嫌味を言われてさ。
もちろん、器の小さい相手に一番問題があるんだけど、こういう圧力を受けている人を見ていると、やられっぱなしなんです。
ブツブツ言いながらも、結局、相手の言うことを聞いちゃってるんだよね。
そこがいけないの。
四の五の言われても、言いなりになっちゃいけない。
ガツンと言い返すか、それができない時は、心の中で「ふざけるな」「次は許さないぞ」と反撃することで、自分の波動を強くするんだよね。
黙って言うことを聞いちゃうと、我慢の波動になっちゃうから、ますます我慢を強いられる現実が出てきます。
相手がつけあがって、エスカレートするんだよ。
行きたいところに行ったり、好きなことを楽しんだりする自由は、それぞれが持つ権利です。
配偶者だろうが、親だろうが、とやかく言われる筋合いはない。
大切なパートナーや家族に好きなこともさせないで我慢させるなんて、こんなに愛のない話はありません。
お互いに自由を認め合うのが本当だし、相手が家族やパートナーといった大切な存在であればなおのこと、自由を許すのが愛です。
ともに生きる相手だからって、相手の自由を奪っていいことにはならないよ。
奴隷みたく束縛して、相手を自分の思い通りにしようとするなんて、一人さんに言わせると、パートナーの資格もない。
思いやりがなさすぎです。
一人さんは、昔からたくさんの仲間に囲まれているんだけど、私にとって、仲間は何よりも大切な存在です。
だからこそ、何かを制限することは一切しません。
ショッピングを楽しんできたら、「いいのを買ってね」「似合ってるよ」。
出かける時は「ゆっくりしてきな」「楽しんでおいで」っていうのが当たり前なんです。
絶対に、私に遠慮して我慢するようなことがあってはならない。
そう思っているの。
だってさ、斎藤一人という人間と一緒にいると「あれもできない」「これも諦めなき」ゃなんてことになれば、私と出会わない方が幸せってことになるじゃない。
そんなの嫌だし、「一人さんと出会って良かった。あれもできる、これもさせてくれる」って言われたい。
私と関わる人には、うんと幸せになってもらいたいんだ。
人には、好みがある。
好きな食べ物も、行きたいところも違って当たり前です。
たまたま同じものが好きなら、一緒に楽しめばいいけど、好みが全然違った時は、それぞれに楽しめばいいよね。
で、それをさせてくれない相手とは、一人さんだったら付き合いません。
何年連れ添った配偶者だろうが、分かり合えない相手とは「さようなら、お元気で~」だね。
人の自由を奪うのは、神の道に反する生き方です。
それをやめるまで、神様から「それはやめな」というお知らせが届き続けるの。
つまり、その人の人生は試練の連続になってしまう。
その点、ここから離れてあげたら、相手はもう自由を奪えなくなる。
もしかしたら、相手はそこで「自由を奪うと、人に逃げられる」ことを学び、改心するかもしれないよね。
と思うと、横暴な相手とさよならするのは自分のためだけでなく、相手のためでもあるんだ。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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