自分は神様と同じなんだ。
このままで完璧だ。
そのことを腹落ちさせて、自分を許す。
何かくっつけても自信にはならない
自分に自信のない人が、何かをくっつけることで自信を持とうとすることがあるんです。
習い事でもね、自分が「面白そうだな」って興味を持って始める場合は問題ないの。
好きなことをすればいいよね。
だけど、人から「すごい」「かっこいい」と言われそうだからやってみようと思ったんだとしたら、これは要注意です。
なぜかと言うと、それを習うことで自信につなげようとしている可能性があるからです。
もちろん、入り口は人の評価が得られそうだという動機でも、実際にやってみたら思いのほか楽しくて、人にどう思われるかなんて関係なくなっちゃうこともあります。
だとしたら、結果オーライだよね。
それもありです。
でもね、やってみて楽しくもないのに、それを習ってる自分が格上げされたような気がするとか、人に褒められるからやめられないとか、こういうのはよくない。
習い事をすれば、そこには自分より先に始めた人がいます。
よ~いドンで始めたとしても、人それぞれ持って生まれたセンスとか能力ってあるから、やっぱり実力に差は出てくる。
純粋に自分が好きで始めたことなら、自分より上手な人がいても、そのことで自信を失うことはありません。
上手い下手に関係なく、楽しいわけだからね。
上手な人がいれば、むしろいい刺激をもらえるんじゃないかな。
だけど、自信をつけることが目的の場合はそうはいきません。
自分より上手い人がいれば、そこでまた自分否定に走っちゃうんだよ。
やっぱり自分はダメなんだって。
自信をつけたくて始めたことなのに、ますます自信を失ってしまう。
これじゃあ本末転倒だよね。
というか、そもそも「私はばっちり自信があります」とかって人、この世にいるんだろうか?
人間国宝みたいなすごい人でもさ、インタビューやなんかで「いまだに緊張します」とかって言うじゃない。
あれって、本当だと思うよ。
それはね、同じことを何度もやれば場慣れするから、に勇気は出てくる。
練習を積めば腕も熟練するし、ちょっと前の自分よりかは自信を持てるだろう。
だけど、それでもやっぱり100%の地震なんて持ってる人はいないの。
自信満々に見える人がいるとしたら、多分、自信がありそうな顔をしてるだけです。
それでいいんだよ。
だって、自信がないからこそ、一層精進しようって気にもなる、間違いないように準備だってするわけだから。
自信がありすぎると、返って大事なことがおろそかになっちゃうんです。
それに、世の中の全員に自信がないんだから、あなたに自信がなくたって少しも問題じゃない。
自信がないのって、当たり前のことですよ。
で、その中でも、もうちょっと勇気が欲しいんだったら、まず自分を好きになることだよな。
自分は神様と同じなんだ。
このままで完璧だ。
そのことは腹落ちさせて、自分を許す。
何かをくっつけなくても、あなたには既に価値があります。
胸を張っていい。
自分を好きになれば、そう思えるようになって、不安に負けなくなるんだ。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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