
自分や人の心を軽くする、ちょっとした優しさというのも
立派な愛です。
幸せは、小さな愛を毎日コツコツ
愛は、あったかいものであると言いました。
その代表をあげると、優しさです。
と言っても、大げさな優しさがいるわけじゃなくて。
狭い道で「お先にどうぞ」と言える心。
前を歩く人が物を落としたら、拾ってあげられること。
人を傷つけることを言わない、しない。
こういう、日常に溢れるささやかな優しさなの。
でも、こういう優しさこそが、実は最も大事な愛なんだよね。
なぜかと言うと、人生というのは、日常の連続で作られるものだから。
急に倒れた人を援助したり、迷子の子供を交番に連れて行ったり、みたいなのは目立つからみんなに称賛されるし、確かに素晴らしい。
もしこんな場面に出くわしたら、優しさを発揮できる自分でありたいよね。
ただ、こういうことにはめったに遭遇しない。
僕たまにしか起きないことを待ってもしょうがないよな。
大事なのは、「日頃どんな生き方をしているか」です。
人生が問われるのは、普段の行いなんだ。
例えば、「1」の小さな愛でも、毎日出せる人は、1年で365の愛が積み上げられます。
それに対し、愛の大きさは「100」でも、それが年に一度しかないんだったら、100の愛しか出さないことになる。
小さな愛でも、毎日コツコツ出す方が、人生における愛は大きくなります。
当然、そっちの方が幸福度も高いわけです。
だから、「1」の愛を毎日出すことをしようって話なの。
というか、普段愛を出し慣れてるからこそ、何かあった時にも反射的にも人助けができるのだと思います。
滅多に愛を出さない人は、やり慣れないわけだから、いざという時に体が固まって動けないんじゃないかな。
そんな観点で言えば、大きな愛を狙う人は、結局「1」の愛もない。
ということになって、幸福とは程遠い人生になるのです。
小さな愛をこつこつ出す人との間には、途方もない差が生まれるんだ。
愛は、日常のささやかな優しさに宿ります。
子供が、自分のおやつを分けてくれる。
お母さんが、あったかい味噌汁を作ってくれる。
そういうのも愛だし、愛をくれた人に返す「ありがとう」の一言も愛です。
なんてことのない日常の風景とか、たった一言の「ありがとう」が、人の心に灯をともすの。
辛い時に、子供がくれたお菓子や、お母さんの味噌汁に慰められることがある。
誰かの「ありがとう」に救われることだってあるよね。
それって、すごい愛だと思わないかい?
マザー・テレサやナイチンゲールといった偉人は、確かに大きな愛の持ち主です。
だけど、私たちの日常にありふれた、
自分や人の心を軽くする、ちょっとした優しさというのも、
立派な愛です。
そして、ささやかな愛を毎日出せる人は、自分も人も幸せにできる。
そのことを覚えておいてください。

「幸せは小さな愛の積み重ね 〜今日できる優しさが人生を変える〜」
感想
とても温かく、実生活に落とし込みやすい内容ですね。
この文章の良いところは、「愛」を特別なものや壮大なものとして語るのではなく、誰でも今すぐ実践できる日常の優しさとして説明している点です。
特に印象的だったのは、
「1」の小さな愛でも、毎日出せる人は、1年で365の愛が積み上げられる
という部分です。
愛や善意というものは、一度の大きな行動よりも、毎日の小さな行動の積み重ねによって人格となり、生き方となる。その本質を分かりやすく表現しています。
また、
「ありがとう」の一言も愛です
という考え方も素敵ですね。
多くの人は愛を「与えるもの」だと思っていますが、実は感謝して受け取ることも愛の循環の一部です。だからこそ、家庭や職場、友人関係の中で交わされる何気ない「ありがとう」が、人の心を救うことがあります。
さらに、
普段愛を出し慣れてるからこそ、何かあった時にも反射的に人助けができる
という視点には深くうなずかされました。
優しさは才能ではなく習慣であり、日頃から愛を出している人ほど、いざという時にも自然に行動できるのでしょう。
読み終えたあとに、
「今日は誰かに小さな親切をしてみよう」
そんな気持ちになれる文章でした。
派手さはなくても、人の人生を本当に豊かにするのは、こうした日々の小さな愛の積み重ねなのだと改めて感じさせてくれる、優しく心に残る作品です。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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