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斎藤一人さん ツイてる子、ツイてない子

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「杉の子は小さくても、完璧に杉なんだ。

人も同じこと。

子供はどんなに小さくても、完璧にその人なんだよ」

 

 

 

ツイてる子ツイてない子──「育てられ方」がちょっと違います

親は子供を育てているんじゃないんです。

実は、親は子供に育ててもらっているんだと思うんですね。

私がそのことに初めて気がついたのは、長男の貫太が保育園に行っている時に、先生とのやり取りを手紙に書いていた時です。

その手帳に保育園の先生から見た、かんたの様子が書かれていました。

それは大人しくて、自分の感情も意志も出さない子供の姿でした。

それを見ているうちに、私は「あつ」と思ったんですね。

そこに書かれていた貫太の姿が、私の小さい頃の姿とそっくりだったんです。

幼い頃から私は、父に毎日怒鳴られ、殴られて育てられました。

それで、自分のことを「ダメな人間だ」と思って生きていました。

私の父はとても怖い人でした。

何かあると言葉よりもまず手が飛んできます。

手でなければ、昔の商家で使っていた頑丈で重たい五つ玉のそろばんが、いきなり飛んできます。

そして、毎晩お酒を飲み、よって家に帰ってくると私は母を殴るんです。

私たちは夜、普通の服を着て寝ていました。

パジャマを着て寝られませんでした。

父が殴りに来るので、いつでも外へ逃げ出せるようにするため、そうしていたのです。

父は戦争でスマトラやボルネオの地獄のような激戦地へ行かされ、敵軍の銃弾と病気やケガで舞台のほとん全員が死亡するという恐ろしい体験をし、それが大きな心の傷になっていたんだと思います。

戦争から帰ってきて商売を起こして成功したものの、日常的に暴力をふるう人になってしまったんです。

あの頃は、よくそんな人がいたものです。

そういう時代だったのですね。

誤解しないで欲しいのですが、心の傷を持った父は、父なりに私たち家族を精一杯愛してくれていたんです。

愛情表現がうまくできないだけだったのです。

ですから私は、父を憎んでも恨んでもいません。

この父親のもとで修行する必要があっただけのことです。

おかげで少しは成長できましたし、父が大好きですから、生きている限り精一杯恩返しをしていくつもりです。

とはいえ、今の私ならそう思えるのですが、父によって繰り返された暴力は幼い私にとっては本当に恐ろしく、ただ父の前に立っただけで、私の体が自然に震え出してしまうほどのものでした。

そして、父に暴力的な育てられ方をした私には、やはり、心の傷が残っていたんです。

それでも自分でも意識しないうちに、いつのまにか、自分が育てられたようなやり方で貫太を育てようとしてしまっていたのです。

手帳に書いてあることを読んで、かんたの様子を初めて客観的に見ることができました。

つまり、私が小さい頃の影響を引きずって大人になってしまったということを、貫太に教えてもらったのです。

小さい時に受けた影響というのは潜在意識の中にものすごく残っているもの。

潜在意識に残ったものに心が温まるようなものがあればいいんですが、すごく醜かったり、辛かったり、きつかったりすることなんかが残ってしまうと、後々まで、人間としての成長を妨げてしまうのです。

人の一生にとって、このことが大きいんですよ。

幼い貫太を見ていて、私は自分の潜在意識にどんなものがあって、何が自分の成長を妨げているのか、教えてもらいました。

でもね、こんな風に言うと、まるで私が一瞬にして、こうしたことを全て自分の力で理解したみたいに思えちゃいますけれど、そうではありませんでした。

それどころか、このことに気付いたばかりの頃の私は、自分の心にあるものの正体がはっきりとは分かりませんでした。

そのくせ、その恐ろしさだけは痛いほど感じて、なす術もなく、ただ呆然としていただけだったのです。


「子育て」がうまくいく話


実は、私と貫太が一人さんと出会ったのは、この一年近く後のことです。

一人さんと出会ったその日から、私は夢中になって一人さんの言葉を聞きました。

そして、一人さんの言葉のおかげで、私にも全ての事がはっきりと見えるようになっていったのです。

一人さんが、明るい笑顔と静かな朗らかな声で何か教えてくれる旅、私の心の闇にボッと光が灯る。

すると、それまで何も見えなかった自分の心の中が、その光に照らされて、少しずつ見えてくる。

本当に、そんな感じだったんですよ。

こうして、一人さんの言葉で照らし出され、私にもはっきりと見えてきたものの一つが、今お話ししたばかりの私と貫太の心に起こった出来事でした。

そんなところ、一人さんが私に教えてくれた言葉があるんですが、私は「子育て」をする全ての人に、是非、その言葉をお伝えしたいと思います。

それは、こんな言葉です。

「杉の子は小さくても、完璧に杉なんだ。

人も同じこと。

子供はどんなに小さくても、完璧にその人なんだよ」

親が子供を育てるんだという傲慢をまず捨てれば、その子がたとえどんなに小さくても、もうすでに一個の人格を備えていることが見えてくるんです。

それを大切にして、この子は将来どんな大人になるんだろうかと考えて、親が子供と接するべきなんです。

一人さんはそう教えてくれたのです。

それ以来、私は子供を育てあげているんだと思うことをやめました。

それどころか、この人のおかげで、自分が成長できるんだと悟ったのです。
私は、子供の人格を大切にして「子育て」することが上手に出来ませんでした。

けれど、二人の子供のおかげでたくさんのことを教わりました。

そして、ひとりさんのおかげで子供達が教えてくれていることの意味を知ることができたのです。

これから、私が二人の子供達とひとりさんのおかげで学ぶことができたことを、なるべくたくさんお伝えしていきます。


「信じてるよ」──この一言が子供に幸せの波動を送ります

人というのは、自分が親から育てられたやり方で、自分の子供を育ててしまいます。

特に、最初の子供の場合はどうしてもそうなってしまうんです。

それは、それ以外に「子育て」の方法をお知らないからです。

この時に、自分が親からされたことを、無意識のうちに自分の子供にもしてしまいがちです。

もし自分が小さい頃に親からされたことで心の傷を負っていたなら、自分の子供に同じ心の傷を与えてしまうことになります。

もし自分が小さい頃に親からされたことで心の傷を負っていたなら、自分の子供にも同じ心の傷を与えてしまうことになります。

よくニュースで、親が自分の子供に暴力を振るって殺してしまったというのがありますよね。

あれは、よく調べてみると、子供に暴力を振るってしまった親もそういう風な育てられ方をしたんだと分かることもあるんです。

親の心にある傷のせいで、子供を虐待してしまう、という因果が延々と続いてしまったんですね。

子供を育てている時、「何かこれはおかしいぞ」と気づかないといけないんです。

自分の心に残っているものを自覚して、その因果を断ち切らないと、2代も3代も心の傷が伝染して行ってしまうんですよ。

これが、「子育て」で最大の問題点なんです。

私もこれをやってしまったんです。

自分が育てられた時、とにかく父からは「バカ」と言われ、物を投げつけられたり殴られたり、そうやっていつも怒られていたんです。

それで、私の最初の子供である貫太を育てる時に、自分でも気づかないうちに同じことをしてしまっていました。

さすがに、「バカ」とは言いませんでしたが、何をするよりもまず起こる方が先になっていたんです。

怒れば伸びると勝手に思い込んでいたんですよ。

とにかく先走って叱るんです。

「これやっちゃだめ」「やっちゃだめ」、そして貫太が何かやると怒るんです。

「そういうことしちゃだめでしょ!」と、いきなり殴るんです。

そして、「ハンカチ持った?」「忘れ物ない?」と常に私が先回りして考えてしまって、かんたは自分では何も考える必要がなくなっていたんですね。

でも、私はまだ、自分のやっていることが、昔、父が私にしていたことと同じだということも、それが簡単にどんな影響を与えてしまっているのかについても、全然気が付いていませんでした。

そのことに気づいたのは、貫太が小学校1年生だったある日、家族でご飯を食べに行った時でした。

みんなは「ハンバーグにしよう」「とんかつにしようかな」何て言ってたんですが、貫太は何も言わないんです。

それで、私が「何が食べたいの?」と聞くと、こういったんですよ。

「僕は何でもいい。お母さんが決めて」

私はハッとしました。

私はそれまで、単に貫太のことをおとなしい子供だと思い込んでいたんです。

「昔の私と同じでおとなしい子。

少しもおかしな所などない」と。

ところが、この貫太の一言を聞いた時、突然、我が子が異様な姿をしていることに気付いたんです。

それは、固まったように無表情で、自分の感情をもなく意見も持たない、そして人に言われるままにぎこちなく動く、まるでロボットのような子供の姿でした。


子供が「立派」に育つ話

愕然となった私は、一人さんのある言葉に思い当たったのです。

それは一見平凡な、こんな言葉でした。

「自分が人にされて嫌だったことは、他の人にするんじゃないよ」

その頃私は一人さんと知り合ったばかりで、もう夢中でひとりさんのお話を聞いていました。

けれど、この頃の一人さんは、私たちに間接的なヒントを与えるようなことを言ってくれるところがあったので、正直に言って、その場では意味が分からない言葉もあったんですよ。

この言葉もうひとりさんから聞いた時には、なんだか当たり前のことのように思えて、なぜ私にピンと来ませんでした。

ところが、貫太の異常に気付いた瞬間、初めて一人さんの言葉の意味がわかったんです。

「あれは、このことだったんだ!」

あれほど恐ろしくて嫌だった父の暴力と同じことを、今度は私が貫太にしていた。

そして、貫太から自分の感情も意見も全て取り上げてしまったのだと、この時に、やっと気づいたんですよ。

その日の夜は、自分のしてしまったことの恐ろしさに怯えて、全く眠れませんでした。

そして、不安な一夜が明けてお昼を過ぎる頃、いつもの喫茶店に一人さんの外社が止まっているのを見つけた私は、必死に駆け出しました。

その日は細かな雨が降り、空は一面、白く曇っていたのを覚えています。

息せき切って喫茶店に飛び込むと、そこにはいつものように静かに本を読んでいる一人さんがいました。

曇り空なのに、一人さんの側の窓からは柔らかな光が射していて、一人さんの周りだけが暖かい光に包まれているように見えたんです。

「おまっちゃん、どうしたんだい」

一人さんは、飛び込んできた私を見ると、ニコッと笑い、こう言いました。

その声にホッとした私は、「一人さん、どうしよう。

私、とんでもない事をしてた」と、堰を切ったように全ての事情を話しました。

一人さんは、その話に時々相槌を打ったりしながら聞いてくれていたんです。

そして、私はこう尋ねました。

「私、どうすればいい?

どうすれば、かんたを普通の子みたいに戻せるの?

それとも、もう戻せない?

教えて、一人さん」

しばらくすると、一人さんは魂まで包み込んでるような眼を私に向け、本当に私の心の深いところに染み込んでくる声で、こう教えてくれたんですよ。

「大丈夫だよ、おまっちゃん。

貫ちゃんは、立派に生きていける。

いいかい。

親が子供の人格を作ってあげるんじゃないんだ。

子供には子供の人格が、最初からちゃんとあるんだよ。

親はね、『子供をなんとかしなくちゃ』なんて思わなくていいんだ。

子供はそんなことをしなくても、ちゃんとした人格を持った人間なんだから。

しっかり育てていく。

だからね、おまっちゃんが貫ちゃんを変えようなんてしなくていいんだよ。

おまっちゃんがするべきことは、自分を変えることなんだ。

親が子供に対して、本当にするべきことは、信じてあげることなんだよ。

かんちゃんのことを信じるように変われば、それでいいんだよ。

おまっちゃん、わかるかい?」

この言葉が終わる頃、私の心に、温かな光がさぁーっと差し込んでくるのを感じました。

ひとりさんに教えてもらって、自分なりに悟ったんです。

この子をいくら叱っても、自分が変わらない限り、どうにもならないんだって。

自分の「子育て」の考え方が間違っていたと気付いた私は、自分を変えようと決意して、周りの人達にもそう宣言しました。

それまでのようにいきなり怒るんじゃなく、まず見守ることにしたんです。

貫太が何かやっても、「ダメでしょダメでしょう!」と叱るんじゃなく、「なんでそうしたの?」と理由を尋ねることにしました。

貫太本人にもそう言い、小学校の担任の先生にも事情を話しました。

「私が全てチェックするのはやめるので、これからは今までとは違うこともあるでしょうが、ご容赦ください」

こんな風に協力をお願いしたんです。

それからの貫太は、忘れ物なんかすごかったんですよ。

でも、担任の先生は理解してくれました。

そして、私は、貫太にこう言い続けたんです。

「お母さんは信じているよ」

この言葉がどれだけ役に立ったか分かりません。

でも、貫太は次第に、自分の感情や意見を出せる子供になっていたんですよ。

例えば、1年生の頃の貫太は、自分の行動の理由を聞かれても、何も答えられませんでした。

理由を尋ねられても答えられない。

そんなことが積み重なるうちに、貫太は自分でも「なぜだろう?」と考えるようになったんだと思います。

そして、貫太は少しずつ自分のことを考え、3年生の頃には、自分の行動の理由だけでなく、自分の意見までしっかり言える子になっていました。

それどころか、自分の主張を貫くあまり、ちょっと愉快な事件を起こすまでに成長したのです。

そのことはまたお話ししますね。

自分から与えられたトラウマを、自分の子供にも与えてしまっている。

そんなことがないか、よく注意してください。

そして、そうしてしまっていることに気づいたら、断固としてその因果を断ち切るように行動してください。

「子育て」について、私が子供たちから教わった一番大切なことは、このことなんです。

 

目の前の目標はどんどん言う。大きな目標は言わない

やりたいこと、叶えたい夢は、どんどん口に出した方がいいですよ。

やりたいことを口に出していると、本当に実現したいことに出会えるんです。

その時、自分の周りに必要なものが集まり、その準備がだんだんできて行くんです。

「人が聞いたら笑う」なんて思うと言えなくなりますが、気にすることはありません。

1回言ったことに責任なんかとらなくていいんです。

気持ちが変わることなんて普通ですよ。

ひとりさんも言ってました。

「こころころころ変わるから、「こころ」と言うんだよ」ってね。。

ただ目標を口に出すと言っても、ちょっとしたコツがあるんです。

目の前の目標はどんどん言えばいいんですが、自分でも「えっ?」と思うような大きな目標は言わない方がいいみたいです。

これは自分の力だけじゃどうしようもないので、「神様がついているから大丈夫」って思っていればいいんです。

 

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

 

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