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斎藤一人さん 新入社員総スカン事件顛末記

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商売をやっている意味は、お客さんに喜んでもらうことなんだよ

 

 

虎の威を借る狐


「株式会社78パーセント」に入社したのは、私は18歳の時でした。

初仕事は研修アシスタントです。

研修は年に何度か行われていましたが、新人営業マン、セールスレディーを育成する指導者が絶対的に不足していました。

私のような小僧の手も借りたいほど「78パーセント」は急激に膨張していたのです。

しかし、営業経験もなく、たった一度の研修で教官になってしまう私も私ですが、こういう小僧に教官をやらせる会社も、今思えばどうかと思います。

社長の息子というのもあったのでしょう。

要するに、みんな頭に血が上っていたのです。

勉強はダメだった私が「かんちゃんなら大丈夫」と言われ、もう全開です。

ここらでビシッと決めて行こう。

私はそう思っていました。

どうも私は、悩む時は一気に深く沈み込むくせに、持ち上げられるとすぐに盛り上がる傾向があるようなのです。

私は、自分が教えられた鬼の研修館の根性論が、真っ当なものだと思っていました。

学生生活で惨めだったのは、私に根性がなかったからだ。

自分の研修の時、気合を入れてもらって結果は良かった。

つまり、人に教える時は怒鳴ることだって必要なのだ。

ひとりさんにも「厳しさが足りない」と言われてきたのです。

「仕事は楽しくやりなさいよ」は、この時、私の中では「威勢よくやる」という言葉にすり替わっていました。

いきなり大役を任されて、私の頭も沸騰していたのです。

新人に教える研修メニューは、自分が教わったのと同じです。

行ける、あの研修メニューなら、ばっちり厳しく教えられる。

どこかの営業所の猛烈所長がセールスマンに発破をかけてやってます、みたいなイメージが良いのだと、私は信じて疑いませんでした。

「声が小さい!!」「それでいいんですか!?」

私は自分に喝を入れなおすかのように、肩を怒らせていました。

新人と言っても「まるかん」の商品を売るという意味の新人で、全員がすでに社会人であり、人生の先輩達でした。

転職して、私と同じように人生仕切りなおそうかという大人に、私は容赦ありませんでした。

18歳の小僧が偉そうに。

今、思い出しても冷や汗が出ます。


研修所の部屋から部屋へ移動する、そのちょっとした間にも、私は怒鳴り散らすようになりました。

「移動中も仕事時間なんだから、だらだらやってんじゃないですよ!」

「不真面目にやるのもいい加減にしてください!」
一応、大人が相手なので、初めの頃は「ですよ」とか「ください」とか、語尾だけはフォローしたつもりだったんですが、中身がひどすぎます。

そのうち、遅刻などしようものなら「ぐずぐずやってんじゃねーよ!」「何時だと思ってんだ、この野郎!」などと、ついに語尾もどうでも良くなりまして、相手がうなだれた日には「何しょぼんとしてんの、仕事時間中にさ」と、意地悪く追い込みをかけたりするわけです。

嫌な奴ですね、私。

さすがに相手は怒ります。

「何なの、あの若造は、ふざけたガキだ」と。

「ふざけてのは、どっちだよ」

単純小僧は、火に油を注ぎ続けていました。


研修が始まり、わずか3日で、新人たちの私への不満は爆発してしまいました。

全員が研修を拒否してしまったのです。

誰一人私の味方がいないと知って、さすがにビビりました。

とりあえず謝っておこう。

姑息な手段に出たものの、内心自分が悪いとは思っていませんから、誠意が伝わるわけがないのです。

ついには「あんな奴には教わりたくない。

あの人を外すか、私たちは首にするか、どっちかにしてくれ」と、社長が吊るし上げられる始末でした。

結局、新人数10人のうち、半分がその日のうちに辞めてしまいました。


なんで楽しくやれなかったんだろうね


「何か悪かったんですかね、俺は正論を言ってるつもりなんですけど」

初仕事で大失敗をしてしまい、私は意気消沈です。

「チョロイ」どころか、ショボいことになっていました。

「新入社員総スカン事件」の顛末を話すと、ひとりさんも笑いを噛み殺して、でもやっぱり我慢しきれずに笑っていました。

「正しければいいってもんじゃないだろ」

「だって、ひとりさんが厳しくしなさいよって、言ってくれたじゃないですか」

「ごめん、ごめん、俺の説明が足りなかったんだよな」

そう言って、ひとりさんはさらに笑うのです。

「俺はさ、かんちゃんが自分自身を厳しく見ていくように、と言ったつもりだったんだ」

私は「厳しく」というのは人当たりを固くしなさい、鎧を着なさいと言っているのだと思っていました。

相手に対して厳しくしろと。

若いので潰されないように、少しぐらいきつくてもいいから負けない強さを持て。

そう言われたのだと思っていました。

しかし、それは逆でした。


「社会に出たら、自分の言動に責任を持ちなさいよってことだよ。

仕事が何でもそうだけど、特に商人は責任が全部、自分自身に跳ね返ってくると思っていないとダメなんだよ。

最後は会社が後始末してくれるなんて思うのは、本当の商人のやることじゃないからね。

そういう厳しさをもって、仕事をしようよってことなんだよ。

ただね、自分に厳しくあろうとして、かえってお客様に喜んでもらえないなら、それは違うからね。

お客様に喜んでもらえないなら、商売をやってる意味はないんだから。

その辺のバランスを考えていきなさいよって、言ったつもりだったんだけどな」

ひとりさんは、まだ笑っていました。

それならそうと、そこまで説明してくれればいいのに。

ぶつぶつ言っている私に、不意にひとりさんが聞いてきました。

「でも、なんで楽しくやれなかったんだろうね」

「人に教えなくちゃいけないのに、へらへらなんかしてられませんよ」

「シール貼りの仕事は、楽しくやれたんじゃなかったのかい」
「あれとこれとは違います。

貼るだけの単純作業と研修の難しさとは一緒にできません」

私がそう言うと、

「そうかな、俺は同じだと思うけどな。

同じだよ、単純な仕事でも、難しい仕事でも同じさ」

ひとりさんは言うのです。

「どうやったらシール貼りが楽しくやれるか、かんちゃん、考えただろ。

なのに、なんで今回は知恵を絞らなかったのかな、と思ってさ。

別にヘラヘラすることは、楽しいってことじゃないよ。

どうしたらお客さんに喜んでもらえるのか、売上が上がるのか、新人さん達はそれを知りたかったはずだよ。

それを教えてあげるのが、研修なんじゃないのかな。

それを楽しく一緒に考えていくのが「まるかん」のやり方なんですよ、っていうのを教えてあげるのが、「78パーセント」の研修なんじゃないのかい。違うかい」


いえ、違いません。

今となれば、全然、違いません。

でも、その時は、そこが難しかったのです。


ひとりさん「どんなことでも同じだよ」と言います。
目の前の商品を一つ売るのも、大きな規模の商いをするのも、みんな同じだと。

ただ、私などはどうしても、小さなことは簡単で考えやすいけれど、少し規模が大きくなったり複雑になったりすると「楽しく」という発想と結び付けられなくなってしまうのです。

事が大きくなればなるほど、難しく考えてしまうのです。

実は、今だってそうです。

「どの仕事なら楽に儲けられるんだろうかと考える人がいるけど、それは違うよ。

楽な仕事なんかないんだよ。

どんな仕事も大変さ。

だから、楽しくやるんじゃないか」

ひとりさんにそう言われても、分かった、とはいきませんでした。

初仕事で大失敗した私は、「どんな仕事も大変さ」というところばかりで胸に残ってしまい、もう「ちょろい」とは思えませんでした。

「楽しくやる」ということが、かえってわからなくなってきたので。

「自分が楽しく生きられる努力」は、始まったばかりでした。


みんな同じことをする必要はないんじゃないか

初仕事で「新入社員総スカン」

あの時の、まるで癇癪を起こした子供のような私に我慢しろというのは、無理な話でした。

そんなガキ、ぶっ飛ばしてやりなと、今なら私だって言ってやります。

未経験で人を教えるなど、土台、無茶な話だったんです。

私には、もっともっと現場の経験が必要でした。


私は焦っていました。

大学をして、こっちにかけたのに、頭から失敗です。

みっともない話です。

「社長の息子だから」研修アシスタントに抜擢されたのに、なんだ、何もできないじゃないか。

でも、いいよな、「社長の息子だから」失敗しても給料がもらえて。

私には、周囲の目がそう言ってるように思えて仕方がありませんでした。

「78パーセント」は一人さんの開発した商品を売る小売業です。

売ってなんぼの世界、まさに商人の世界ですから、営業マンが花形です。

やっぱ、営業だ。

焦った私は、また一発逆転を狙おうとしていました。

「大学」というキーワードにすがり、受験する前にこけてしまった私は懲りずにまた「営業」というキーワードだけで人生をリセットさせようとしていました。

バリバリ売りまくって、見返してやる。

誰も私をいじめてなんかいないのに、見返す相手なんかいないってのに、私は自分で自分にプレッシャーをかけ、一人で萎縮していました。

やっぱり俺はダメなんだ。

どうしてもそう思ってしまう否定的な暗示から、簡単に抜け出せずにいたのです。


ひとりさんは、

「つまらない反省なら、する必要はないよ」

と言います。

「人は何かできないと、できなかった理由、原因を探すんだよね。

原因が見つかれば対策も見つかると思ってる。

でも、失敗したのは俺が悪かったからだ、いや悪いのはあいつのせいだ、そんな原因だけを見つけて落ち込んで、怒って、そこで止まっちゃうことの方が多いんだよ。

それを反省と言うなら、そんな反省はしなくていいからね。

肝心なのは、次なんだから。

悩んだり怒ったりするのは勝手だけど、そこで止まっちゃうのが一番いけないよ。

そんな暇はないんだよ。

商人は忙しいんだから。

俺が悪かったと気付いたら、俺は次に何をしたらいいのか、それを考えようよ」


私は、まさにできなかった理由、原因を探して落ち込んで、そこで止まってしまうタイプでした。

後悔するばかりで、先を考えることができなかったのです。

私は焦るあまり、よく考えもせず、起死回生の結果ばっかり欲しがっていました。

できる社員と呼ばれ、安心したかったのです。

私の理想は、バリバリに稼ぐ猛烈社員でした。

ベテランの正真正銘のモーレツ社員たちは、バリバリ働いて売上を伸ばしていました。

あんな風に豪腕ぶりを発揮して見せたかったのです。


この頃、「78パーセント」は大きく変わり始めていました。

ひとりさんの発案で、通信販売を導入し、電話セールスによる新規開拓で驚異的に売り上げを伸ばしていました。

それまでは母が中心になって進める外回りが主体でした。

足で稼ぐ営業です。

後は、お客様に紹介してもらったり、チラシをポスティングしたりして新規のお客様を獲得していました。

それはそれでかなりの業績になっていたのですが、ひとりさんは既に次の手を考えていたのです。


今でこそ通信販売は雑誌、新聞、テレビ、インターネットなどが入り乱れ、活況を呈していますが、10年ほど前はまだ大きな流れになっていませんでした。

特に、健康食品そのものが今ほど認知されていませんでしたから、両方合体させる販売方法は、ある意味、画期的だったのです。

通信販売は、当たりました。

足で稼ぐ営業と電話によるセールスの二本柱になり、会社はますます忙しくなっていきました。

今はお客様と直接対面して売るようにしています。

特にお得意様を大切にしようというのがテーマですから、新規セールスの電話はかけていません。

しかし、当時は電話をかければ売れるという感じでしたから、話術に長けたベテラン達は受話器にかじりつき、それこそ売りまくっていたのです。

外から来たベテラン営業マンたちは、ひとりさんから直接教えを受けたことのない人達です。

むしろ、自分は自分のやり方で売ってきたんだから、という強烈な自我を持つ人達でした。

ひとりさんに教えをこうまでもないと思っていた人が多く、実際それで売り上げは伸びていったのです。

 

社長の息子の憂鬱

私は営業に出ていきました。

外回りをし、新規開拓のインターホンを鳴らしていきました。

モーレツ社員にならって、電話をかけまくりました。

ところが、研修ではあんなにうまくいったのに、実戦ではなぜか結果が出ないのです。

お客様を獲得できないのです。

おかしい、子供の頃は、あんなにおばさんキラーだったのに。

私の営業成績は一向に伸びる気配がありませんでした。

社内のイケイケモードはヒートアップしていくのに、私だけが取り残されていくようでした。

研修の失敗を取り戻そうとした、その営業で成績を上げられないのです。

商人として売上が上がらなくては、役立たずだ。

私はそう思いました。

学校もダメて、仕事もダメか。

入社して半年も経つと、私はまたくすぐってしまいました。

外回りに出かけても、喫茶店で時間を潰したりするようになりました。

どうせダメだと思うと、電話をかけることも億劫になってきます。

受話器を持ってかけるふりをするだけの日もありました。

学生時代の引きこもりに戻ってしまいそうでした。

そんな時です、ひとりさんがふらりと会社に現れたのは。

「78パーセント」になって少し広い事務所に移っていましたから、ひとりさんが来てくれて打ち合わせするぐらいのスペースは確保していました。

もう喫茶店やファミレスで作業することがなくなっていました。

と言うか、あの喫茶店は、もうありませんでした。

喫茶店のマスター自らもまるかんの代理店を始め、それどころではなくなっていたのです。

通信販売の成功を受けて、例の喫茶店の仲間たちも次々と会社を立ち上げて行きました。

代理店10社がほぼ時期を同じくして、猛烈に忙しくなっていたのです。

気の毒なのはひとりさんです。

ゆっくり本を読むことができた大好きな喫茶店はなくなり、十社を統括するために今日はあっち、明日はそっちと飛び回らなければならず、まさに忙殺されていました。


ひとりさんが我が家に来てくれる時は、事前に電話を一本入れてくれるのですが、その日は珍しくアポなしでした。

「ちょっと寄っただけだから、みんな仕事を続けてよ」

ひとりさんはそう言うと、ソファーにゆったりと腰を降ろし、手足を伸ばしていました。

営業時間真っ只中。

事務所に気合の入った電話セールスの声が飛び交っていました。

気合が乗らないのは私だけでした。

私がひとりさんの大好きなコーヒーを持っていくと、

「なんだ、がんちゃん、浮かない顔してるな」

というのです。

またぼやくのも恥ずかしかったのですが、私は自分の営業成績がどうしても伸びないんだという話をしました。

「俺、本当は商人に向いてないんじゃないですかね。

営業のエキスパートになるそうもうないんですよ。

「そうか」

ひとりさんはそれだけ言うと、コーヒーを飲みながら、しばらくみんなの様子を見ていました。

そして、あれ、という感じで一つのディスクを指差しました。

そこでは、お客様からの苦情に対処しているところでした。

最初セールスレディでは対応しきれず、ベテランの営業マンに代わり、社長と相談して何やら返答し、という動作が繰り返されていました。

ついには社長に電話が回り、説明しているようです。

「多いのかい?」

「最近、ちょっと」


通信販売で売り上げは目覚ましに伸びを示していましたが、クレームもまた増えていました。

手売の頃は、こんなことはありませんでした。

母はお客様と直接向き合って商品を説明していました。

お客様はご近所さんがほとんどでしたから、何か疑問があれば飛んでいきました。

遠距離の方には電話でこまめにフォローし、お客様が怒るということはなかったのです。

しかし、売上が上がれば上がるほど、そうした後のフォローは正直言って雑になっていました。

みんな、売ろう、売ろうの勢いで突っ走っていましたから、トラブルも増加していたのです。

そんな様子を見ていたひとりさんが、

「かんちゃんさ、何もみんなと同じことをする必要はないんじゃないかな」

不意に、そう言うのです。

「出来たばかりの会社だから、これからもきっといろんなことが起きるよ。

そのたびに、おまっちゃんが、社長がさ、出かけて行って何とかしようというのは、そろそろ限界だと思うんだよ。

助けてやりなよ。

それもかんちゃんの仕事だと、俺は思うけどな。

会社をよく見てごらんよ。

未開拓の部分がいっぱいあるんじゃないかな。

誰も手をつけないことに最初にチャレンジすれば、かんちゃん、エキスパートになれるぜ」


私は、一人さんの言葉を思い出すべきでした。

「努力してダメだったんだろう。

だったら、違う努力をしてみたらどうなんだい」

母が家業の魚屋で苦労していたころ、ひとりさんが言ってくれたあの言葉。

今こそ私は「違う努力」をすべきでした。

私は、お客様を相手にするのは好きです。

小学生の時に覚えた商いの楽しさを、忘れたわけではありません。

ただ、なぜか今は成績という形に結びつかず、それが私の気持ちを重くしていました。

だったら、そんな反省はそこでやめようよ。

それはそれとして、しょうがないんだから、一つの事にこだわるのはやめて、頭を切り替えてみたらどうだ。

ひとりさんは、その事に気付かせてくれたのです。

現に目の前では、クレーム一つを巡って何人もの人が右往左往していました。

これを何とかするために「違う努力」をすることも、価値があるように思えました。

 

 

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

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