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斉藤一人さん 私がうつになった経緯

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人に会うのが億劫で、そのうちに恐怖になり、もう誰にも会いたくない。

心の中では、自分を責めて責めて責めて・・・・・・。

 

 

 


心の中の「見えないコップ」が
気づかないうちに、ストレスでいっぱいに・・・・・・


「うつ」になる人は、真面目で、がんばりやで、心配性の人が多いといいます。

真面目で一本気であるがゆえに、物事がスムーズにいかないと、ものすごいストレスを考えます。

「もっと努力しなくては・・・・・・」と自分を責めたり、心も体も疲れてくたくたなのに、「まだまだ完璧じゃない!」と無理やりがんばったり・・・・・・。

心の中に「見えないコップ」があるとして、そのコップにストレスの水が、少しずつ、少しずつ溜まっていきます。

それは外から見えないので、他の人は気づかないし、本人さえも、ものすごい負担が心にかかっていることに気づきません。

だから本人は、心身に鞭打って、さらにがんばろうとするのです。

そのうちに、「見えないコップはストレスで満杯になり、ついに水がコップから溢れ出します。

そうなった時、初めて、それは「うつ」という症状になって現れる。

私は、そんなふうに感じています。

「うつ」になると、突然、体中が倦怠感に襲われ、何もかもやる気がなくなります。

人に会うのが億劫で、そのうちに恐怖になり、もう誰にも会いたくない。

心の中では、自分を責めて責めて責めて・・・・・・。

自分という人間が存在していることが嫌でしょうがない。

「なぜこんなことになったのだ!」という自問自答音と、頭の中に溢れるような将来への不安。

その悪循環のループにはまって、どうしても抜けることができない。

私も経験者なので、「うつ」で苦しんでいる方々の気持ちが手に取るように分かるのです。


「がんばれば、いじめられなくなる!」
その思いでがんばグセがついた


私は岩手県の水沢市に生まれました。

当時、父親が建設省に勤めていたため、小学校から中学までは、1~2年おきに転校を繰り返すような日々。

私は転校が決まる度に、嫌で嫌で仕方がありませんでした。

やっと環境に慣れて、友達ができたところで、すぐ転校になってしまうのです。

中には、転校生を見ると仲間はずれにしたり、言葉の訛りなどをからかっていじめる子がいて、私も随分いじめられました。

「勉強をがんばって、良い点を取れば、いじめられないようになる」

「スポーツもうんとがんばって、いじめている奴らを見返したい!」

確かに子供というのは正直で、相手が何かに優れているところを見つけると、相手のことを認め、容赦なくいじめることは減っていきます。

その頃から、私の「がんばり癖」がついたように思います。

「がんばれば、報われる」と信じていた私が社会人になると、ますます熱を帯びてきました。

広告代理店、総合商社、百貨店の外商などの仕事を経験し、まさに仕事中心の毎日。

自分の心身に気を配る余裕はなく、毎日が飛ぶように過ぎていきました。


30代の後半から、めまいや脈拍の異常がでるように・・・・・・


30代の後半になった頃、年老いた両親の面倒を見ていきたいと思い、生まれ故郷の水沢に戻ってくることになりました。

地元で有名な大きなホテルに勤め、婚礼、宴会、パーティー、ディナーショーなども担当しました。

もともと人と接するのが好きだった私は、色々な人とお会いするホテルの仕事が好きでしたが、「一流ホテルのホテルマンとして、お客様に不足のない対応をしたい」という気持ちが強く、何事にも完璧を求めていました。

また、上司と部下の間に挟まれるポジションだったこともあり、みんながうまくいくよう、気を使えば使うほど、知らない間にストレスがどんどん溜まっていたようでした。

そんな中、体調の異変に気付くようになりました。

40歳を超えた辺りから、いきなり脈拍が1分か180~200も打つようになり、「急性突発性頻脈症」だと診断されたのです。

そういえば35歳ぐらいの頃にも、朝、ひどいめまいに襲われ、起きようとしたら天井がぐるぐる回りだしたことがありました。

平衡感覚がなくなって立っていることができなくなり、しゃがみこんで地面に手をついてこられました。

この時は「メニエール病」だと診断されましたが、薬を飲んでいれば大丈夫ということで、あまり深刻に捉えていませんでした。

脈拍が高くなると、動悸も感じるようになり、明け方、動悸で目覚めることがよくありました。

それでも、そのうち良くなるだろうと、薬を飲みながら、職場のホテルに通っていました。

そんな生活が2年続きました。


ひどい心臓発作の発作に襲われて
劇薬「ニトログリセリン」が欠かせない状態に


そして、更なる自体が突然やってきました。

まだ春になる前の寒い朝、ホテルの事務所でいつものように仕事に取り掛かろうとした時、急に胸が締め付けられるような痛みを感じました。

「あれ、何かおかしいぞ・・・・・・」

嫌な感じとモヤモヤした痛みでしたが、次第に胸をえぐられるような激しい痛みとなりました。

よく「焼け火鉢を与えられたようだ」という表現を聞いたことがありますが、まさにそのような感じ。

蹲り、胸を押さえる手には、脂汗が浮いています。

息を吸うことされ胸の痛みが悪化しそうで怖く、「・・・・・・このまま死ぬかもしれない・・・・・・」と、今まで味わったことのないような恐怖を感じました。

私の様子を見た同僚が、尋常ではないことが起こったと察し、すぐに自分の車で病院に運んでくれました。

病院で発作が落ち着いてから、造影検査で調べたところ、体の冠動脈が痙攣し、収縮して閉じてしまう「冠攣縮性狭心症」とのことでした。

原因は「ストレスによるのかもしれない・・・・・・」とのことでした。

その日から、「ニトログリセリン」という薬が欠かせない生活になりました。

「ニトログリセリン」というのは、ダイナマイトの原料にもなる強い薬です。

そんな強い薬を、常に発作に備えて持ち歩くのです。

そんな状態になった自分がショックでしたが、「真面目に授業を受けていれば、きっとよくなるはず」と医師を信じて、ニトロの他にも処方された薬を真面目に飲み、職場に復帰しました。

ところが毎日、薬を飲んでいるにもかかわらず、心臓の発作は度々行ってきます。

その度に、慌ててニトログリセリンを口に放り込みます。

ニトロは舌下錠で、舌の裏側でゆっくりとかしながら、心臓の痛みが通り過ぎるのを待ちます。

やがて心臓の痛みは治るのですが、今度は頭が割れそうに痛くなります。

他の人はどうなのか分かりませんが、私にはこのとてつもない頭痛が、薬を飲むたびに行ってきました。

他の人に心配をさせたくないし、弱っている姿は誰にも見られたくなかったので、私はこのひどい頭痛がやってくると、倉庫やトイレの中に駆け込みました。

そして、頭痛が治まってくるまで、じっとうずくまる毎日。

私は、ニトロを見るのも嫌でしたが、いやでも、その薬に頼らざるを得ない現実がありました。

朝から晩まで、「薬漬け」の日々でした。


一睡もできなくても、体を引きずるようにして会社へ


そして、いつからか、夜になっても眠れなくなりました。

家族全員が寝静まって、町中がし~んとしているのに、私ひとり、眠ることができないのです。

「眠らなければ、眠らなければ・・・・・・」と思えば思うほど、目が冴えて、不安や心配が頭に広がっていきます。

「眠れない」ということが、こんなに怖いことだと思いませんでした。

そして開け方にやっとうとうとすると、動悸が始まって、飛び起きます。

熟睡できた時間は、ほとんどないので、頭が朦朧としています。

もう「生き地獄」のような毎日でした。

しかし、そんな状態になっても、私の「がんばり癖」は、まだ残っていたのです。

職場の人に「怠けているんじゃないか」と思われるのではないか、真昼間から大の男が家で休んでいるわけにはいかない・・・・・と、体を引きずるようにして職場に行っていたのです。


結婚式での大役を終えた後、心臓の発作に襲われて・・・・・・


そんな状態で職場に行っても、仕事の業務連絡などが、ほとんど頭に入ってきません。

会社などに出席しても、頭の中は真っ白で、人から大声で「しばさきさんさんどうしたの?しばさきさん!」と呼ばれて、やっと我に返るような状態でした。

当時、勤めていたホテルで結婚式があると、私は「ウェディングミニスター」という役割を担当していました。

「ウェディングミニスター」というのは、「人前式」(宗教に関係なくが挙げる結婚式)で、参列者の前で新郎新婦が愛を誓い合うのを導く司式者の役割(結わえる牧師さんのような役割)です。

ひどい不調が続いていた私ですが、この大切な役割を、他の同僚に頼むことができませんでした。

「もう仕事もできないようになったのか・・・・・・」「そんなに心身が弱っているのか?」と思われたり、噂されたりするのが嫌だったのです。
ある結婚式でこの役を終えた直後、ひどい心臓の発作がやってきました。

いつものようにぎゅっと胸が締め付けられてうずくまり、すぐに緊急用のニトログリセリンを口にすると同時に、今までにない恐怖と不安を感じました。

「もし式の途中に発作がきたら、どうなっていたんだろう・・・・・・。

自分が、新郎新婦の素晴らしい晴れの舞台を、台無しにしてしまう。

新郎新婦はもとより、この式のために一生懸命準備してきたホテルのスタッフ・・・・・・

花屋さん、衣装屋さん、美容師さん、写真屋さん、全ての取引先の皆さんに迷惑をかけてしまうことになる。

そうなったら、もう自分だけの問題では、すまないぞ・・・・・・・」

そう思うと、鳥肌が立ちました。

当時の私は、もう心配や不安だけが頭を占めていたので、「とにかく、今日は無事に済んでよかったじゃないか!」などと、前向きに考えることは到底できませんでした。

まだ起きていない最悪の事態だけが、頭を覆いつくしてしまうのです。

この日から、私は、働く気力が一切なくなりました。


「布団の中」だけが、唯一の居場所に


結婚式直後の発作以後、私は会社を休むようになりました。

ホテルに事情を話し、すべての時間を家で過ごすようになったのです。

布団の中だけが、唯一の居場所でした。

私が布団の中でしていたことは・・・・・・、自分を責めること。

「なぜ、こんな状態になってしまったのだ!」「こんなはずじゃなかったのに!」「結婚式で、心臓の発作が起きたら、何もかもめちゃくちゃになってしまう・・・・・・」

そんな思いが、ぐるぐると頭の中を駆け巡りました。

家族と喋ることも億劫になり、妻や子供が話しかけてきても、ほとんど返事をすることもありませんでした。

そんな私の様子を見て、妻は、「心臓の病気だけではないかもしれないわね・・・・・・」と私を「心療内科」へ連れて行きました。

近所の目もあり、呪文を頭から離れた病院に、人目を忍びながら行きました。

診断の結果、医師から出た言葉が

「うつ病ですね・・・・・・」

ショックでした。

まさか自分が「うつ」になるとは夢にも思いませんでした。

今まで誰よりも、がんばってきたのに・・・・・・。

体力にも、気力にも、自信があったのに・・・・・・。

いくらかこの元気だった頃の自分を思い浮かべても、現状の診断では、私は間違いなく「うつ」なのです。

その日から、心臓と「うつ」の両方の治療が始まりました。

カウンセリングをしながら、薬を投与していきます。

様子を見ながら、薬を増やしたり、別の薬で様子を見たり・・・・・・。

その繰り返しでした。

「うつ」の患者さんが通う病院の待合室は、とても雰囲気が重いものです。

どんな待合室でも、患者さんは私と同じように表情が無く、暗くうつむいていました。

そんな中で、じっと名前を呼ばれるのを待つのは、なんとも気が重く、ますます悪化していきそうな感じさえしました。。

治療を始めてもなかなか状態は良くならず、病院を5箇所ほど買いました。

時には首都圏の病院まで、4~5時間をかけて通院することもありました。

病院をいくら変えても、状態は何らかありません。

言いようのない不安と孤独の中、3年が過ぎていました。


家族に迷惑をかけずに、消えてなくなりたい・・・・・・

 

当時の私は、何か気分転換をしたくても、テレビにも音楽にも関心が持てませんでした。

私は元気だった頃、小田和正さんの歌が大好きだったのですが、小田さんのCDをかけても、何の感情も湧かないのです。

ただただ時を過ぎるのだけを待つ、色のない毎日。

あてのない長いため息をつきながら、布団の中で、とても長い長い時間を過ごしました。

「自分は、本当にダメな人間だ・・・・・・」

「周りの人に迷惑ばかりかけて生きている・・・・・・」

「自分なんか、もういなくなった方がいいんじゃないのか・・・・・・」

人と話をしなくなった私の頭に浮かぶことは、自己否定だけでした。

もうずっと笑う機会などなく、なんだか笑い方まで忘れてしまったような気がしました。

時々、テレビで「富士の樹海では、いまだ自殺者が多く・・・・・・」などの情報を目にすると、「自分もここに行こうか・・・・・・」と、真剣に考えることもありました。

もう生きていたいという意欲さえなくなってしまったようでした。

「どうやって、ここからいなくなろうか・・・・・」と、家族に迷惑をかけないで死ぬことばかり考えるようになりました。

その一方で、妻や子供、両親のことを思うと、「このまま寝たきりで終わりたくない!」という気持ちもありました。

とにかく当時のことを振り返ると、暗く辛い思い出ばかりです。

こういう暗い話ばかり読んでいると、すごくしんどくなってしまいますよね・・・・・・ごめんなさい。

でも、安心してくださいね。

今日の日々を送っていた私に、一筋の光が、私にさすことになります。

それが、斎藤一人さんと出逢ったことでした。

一人さんの教えを知ってから、何もかも、そう、やることなすことが良い方向に行くことになるのです。

そして、たった3ヶ月で私は「うつ」を治すことができたのです。

そう、その「奇跡」は、ここから始まります。

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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