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斉藤一人さん 人の定め

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病気って、生活習慣なんかの間違いでなる時もあるし、定めでなる人もいるの。

 

 

 

天国に行ける人は精神的に豊か


一人さん流に言えば、「品がいい人」っていうのは物質的に豊かだけじゃなくて、精神的にも豊かな人だと思うんだよね。

もっと簡単に言うと、「天国に行ける人」なんだよ。

「天国に行く」ってどういう事かと言うと、人は死ぬと、頭のてっぺんのところにある「百会(ひゃくえ)」から魂が抜けていきます。

赤ちゃんの時って頭のてっぺんに穴があって、大人になるにつれて骨で埋まっていくんだけど、そこが100円「百会(ひゃくえ)」っていうんです。

それで、抜けた魂は人間界からトンネルのようなものを高速道路で抜けて、その先には林のようなところに出ます。

そこをテクテクと歩いて行きます。

林を抜けるとそこには一面のお花畑が広がっていて、さらにそこを歩いていくと、三途の川に出ます。

川の手前には神様がいて、そこに来た魂に対して「あなたはこの人生を楽しみましたか? 人に優しくしましたか?」と聞かれるんです。

この人生を楽しむって、自分だけ楽しんだんじゃだめなんだよね。

人間って”人の間”だから、自分も相手も楽しくないとダメなんです。

さらに言えば、相手が楽しんでくれることが自分の喜びなんです。

人は、相手に喜ばれて「あなたがいてくれて良かった」と言われることが1番嬉しいようにできてるの。

だから神様は、あなたが「キャバクラに行って楽しかった」とか、そういうことを聞きたいんじゃないんだよ。

結局、「あなたはこの人生を楽しみましたか? 人に優しくしましたか?」っていうのは、「他人に喜ばれる人生を送りましたか?」ということなんです。


その後、魂は三途の川を渡るんだけど、”他人を苦しめたり、悲しませたりした人”、つまり地獄に行くような人は激流を渡らないといけません。

それで、”他人を喜ばせる人生”を送った人は船で渡れるとか、その人が当たるところだけ浅くて、流れも止まってるんで。

そして、その中間的な人が渡るところは流れが緩やかだったりします。

三つの違った流れがあるから「三途の川」なんだよね。

それで地獄に落ちた人は、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と道が分かれ、そこからさらに細く道が分かれてるんです。

でも、生きてるうちから「その道はどうなるんですか?」とか、地獄にばかり興味を持たなくてもいいよ。

あまり地獄に興味を持ちすぎると、地獄に行くことになっちゃうからね。

地獄に行かない考え方ができ、地獄に行かない行動を心がけるだけで十分だよ。

不思議な事って”思っても、議論してもいけないこと”だから、それよりも天国に行くことだけを考えていた方がいいんだよね。


人の定めは変えられる


人には定めがあるんです。

それで、大抵の人はその定めを変えようとしないの。

でも、変えようと思えばいくらでも変えることはできるんだよ。

人間は持って生まれた定めよりも悪く生きれば下に落っこちるの。

よく生きれば上に登っていくんだよ。

人殺しをした人って、人殺しをする定めで生まれてきたわけじゃないの。

大体、生まれてくる時に自分の定めを決めてくるんだけど、「自分は人を殺してきます」っていうことだけを神様が許可するわけがないんだよ。

「私は殺されてきます」っていうことだけもないんです。

みんな、出てくる時に必ず「良くなってきます」って言ってくるの。

最低ラインから出てきたら、本当はそこからよくなるはずなのに、さらに悪くなる人もいるんだよね。

だから、人は底抜けによくなれるし、反対に底抜けに悪くもなれるの。

それで、少しでも良くなろうとする人生の方が楽しいし、悪くなる人生は苦しくて辛いんだよね。

そうしたことをわかるために、物質的なことばかりにとらわれるんじゃなく、精神的なこと、スピリチュアルな面にも目を向けた方がいいよ。


「どう思うか」で結果は変わるもの


病気って、生活習慣なんかの間違いでなる時もあるし、定めでなる人もいるの。

それで中には「何で自分だけ・・・・・・」とか言って、ひねくれちゃう人がいるんだよ。

でも、スピリチュアルな面に目を向けて、そこから学ぼうとする人は「病気になって、初めて同じ病気で苦しんでいる人の気持ちがわかった」とか、「病気の人に優しくなれた」とか、自分を成長させる材料に変えられるんだよね。

「病気を人のせいにしたり、人に当たったりせず、明るく生きよう」というのでも、その人の捉え方なんだよ。

病気になったからって拗ねちゃう人もいれば、家族に当たり散らす人もいるんだよね。

自分にトクで、家族にもトクで、みんなにとってトクな生き方ってあるんです。

「それが”天国に行ける生き方”だとしたら、この病気をどう捉えるだろうか」って考えればいいんだよね。

私は昔とかから体が弱くて度々入院しましたが、その度に看護師さんを見て「俺のためにコスプレしてくれるんだ」と思ってたんだよ。

何思うかはその人の自由なんです。

暗いことを思えば自分が暗くなるし、悲しいことを思えば悲しくなるんだよね。

その結果、自分も辛いし、周りにも迷惑がかかるんだよ。

スピリチュアルっていうのも、結局は自分のためになって、周りのためにもなるものが本当のスピリチュアルだよね。

私はいつも自分のためになって、相手のためになることを考えているの。

それを話したものがCDになったり、書けば本になったりするんだよな。

癌になって、いかに辛いかとか、悲しいかとか、苦しかっとか言っても、癌になった人はみんな癌を経験してるんだよね。

それで、癌になったらそれも定めだと思って諦めることもできれば、諦めずに戦うこともできるの。

例えば、自分が戦闘機に乗ってバリバリとがん細胞をやっつけてるイメージを持つの。

癌に負けてるイメージを持つのと、勝ってるイメージを持つのとでは、自ずと結果が変わってくると、私は思ってるんです。


「かっこよく生きる」のは自分にも相手にもいいこと


品がいい人ってかっこいいよね。

それで、「かっこよく生きる」って、すごく大切なことなんです。

嫌な金持ちばかり見ていると、「金持って嫌だなぁ」って思います。
でも、金持ちでもいい人で、かっこよかったりすると、その人のことを真似する人が出てくるんです。

だから、かっこよく生きるって、人のためにもなるんだよ。


人は「憧れた人」に近づこうとします。

ヤクザに憧れる人もいるんです。

でも、それよりもかっこいい人がいたら、必ずその人に憧れるんだよ。

だから、かっこよく生きるってすごく大切なことなの。

さっきの話に出たお坊さんでも、「自分がどれだけ徳を積んでいるか」とか、そういうことを言うのではなく、相手の立場で話ができるってかっこいいよね。

親鸞上人でも、ある人に「あなたのお弟子さん達はすごいですね」って言われた時に「私に弟子はいません。あの人たちは私の師匠です」って言ったんだよね。

言うことがかっこいい人は、人はそこに”美”を感じます。

スピリチュアルっていうのは「内面のかっこよさ」なんだよね。

芸能界は主に「外面のかっこよさ」を競うけど、これからの時代、それに負けないくらいスピリチュアルもかっこよくないとだめなの。

何故かって言うと、かっこいいから人はついてくるんだよ。

言ってることが正しいからじゃないの。

理屈をいくら話したって、理屈じゃ人はついてこない。

「その人に惚れる」って言うことが大切なんです。

影響力を使って人を動かそうとするけど、その人がかっこよかったら、言うことを聞くんだよね。

それで、人を影響力で動かそうとする人って、人を変えようとするんです。

でも、変えようとすると人は逃げていくんだよ。

いつも説教しようとする人から離れていきます。

それよりも、相手が惚れちゃうような生き方をすればいいの。

そうすれば、人は自然とついてくるんだよ。

今、みんなスマートフォンとか持ってるよね。

それで、これさえあれば何でも調べられるの。

東大の試験に出るような問題だって知ることが出来ます。

そうなった時、これからの時代に人が何を求めるかと言うと、学歴よりも”人格”であり、”魅力”なんです。

もちろん、これからも学歴は必要だけど、それ以上に人から好かれることが大切だよね。

これからの時代、社長でも先生でも、人に対して影響力を与えたいなら好かれないとダメなんです。

お釈迦様もキリスト様もきっと、多くの人から好かれてたんだよ。

難しい顔とかしたりせず、いつも優しい顔をしてたんだと思うよ。

きっと、自然と「この人についていきたい」と思わせる顔をしてたんだよ。

愛が顔に出てたんだよね。


愛ある言葉を話してますか?


お金に感謝して「お金さん、ありがとう」って言って使うと、お金がまた仲間を連れて帰ってくるって言うんだよね。

それで私はみんなに「やりな」って言うの。

お金に感謝することはいいことだし、タダでできることだしね。

じゃあ、「ひとりさんはそれをやってますか?」って言うと、やってないんだよ。

私はお金を増やしたいなら仕事をするか、儲かることを考える方がいいと思う人なんです。

肩こりに効くツボってあるんです。

それで、ツボを押さえたり揉んだりするよりも、凝ってる肩を直接揉んだ方が早いし、効くんだよね。

「黄色い財布もっとお金が貯まるって言われて買ったんです」って言われたら、私は「よかったね」って言うんです。
それで「じゃあ、一人さんも持ってるんですか?」って聞かれたら、私は一度も持ったことがないの。

「ありがとう」って言うことはいいことなんです。

それで「私は毎日、ありがとうを100回、言うようにしてます」って言う人がいたら「それはいいことだね」と言います。

「じゃあ、一人さんは1日に何回、ありがとうを言いますか?」って聞かれたら数えてないんだよね。

でも、人に何かしてもらったら「ありがとう」って言うし、公衆トイレで掃除してくれている人を見かけたら「ありがとう」って言うんだよ。

一人で「ありがとう」を何百回、何千回言うよりも、感謝すべき人に直接「ありがとう」を言った方が絶対にいいんだよね。

だからといって「一人で”ありがとう”いって意味がないよ」とは言わないの。

人には段階があるから、何も言えなかった人が「ありがとう」を言えるようになっただけ、偉いんです。

自分ができるから相手にも「やれ」って言うのは”いじめ”と一緒だよね。

結局は愛なんです。

愛って、相手のことを思うから愛なんだよね。

同じ「アイ」でも自分のことばかり考える「I」(エゴ)は嫌われるよね。

 

 

斉藤一人さんのお話を纏めました。

 

皆様、いつもご精読ありがとう御座います。

 

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