いくら神社にお参りしても、自分という神様をないがしろにしていると、願いを聞いてもらえない。
まずは自分。
それを忘れないで。
神社で鏡を覗いてごらん。そこに映った自分が一番大事な神様だ
神社へ行くと、みんな手を合わせて熱心にお願いをしますね。
じゃあ、その時一体誰に拝んでいるのか、あなたは意識しているかい?
おそらく、多くの人はその神社の神様しか頭にないと思うんだけど、それだと、神様的にはちょっと残念かもしれない・
どういうことですかって言うとね。
神社には鏡が祀られていて、その鏡の中に、一番大事な神様がいるとされます。
その神様を忘れちゃいけませんよってことなの。
で、鏡を見ると、みんな「自分が見えるだけです」と言うけど、それこそ神なんだよ。
神社の鏡は、自分自身が神だよと教えてくれているの。
鏡は、「かがみ」と読みます。
この、真ん中の「が」は「我」、つまり人間としての自分であり、それを取り除くと「かみ(神)が残るよね。
神様はたくさんいるけど、実は、大元でみんな繋がっています。
あなたが自分を粗末にするのは、神々全てを粗末にするのと同じこと。
自分という神を忘れてはいけないのです。

自分という神様を忘れないために
神社へお参りに行くことも大切です。
でも、それ以上に大切なのは、毎日、自分という神様を大切にすることなんだよ。
神様は遠くにいる存在じゃない。
あなたの命となって、今日も一緒に生きてくれているんです。
だから朝起きたら、「今日もありがとう」と自分に声をかけてごらん。
鏡を見たら、「今日もよろしくね」と笑顔を向けてあげる。
失敗した時は責めるんじゃなく、「よく頑張ったね。またやり直せばいいよ」と優しく声をかける。
疲れたらちゃんと休ませてあげる。
美味しいものを食べ、体を大切にし、心が喜ぶことを少しでもしてあげる。
それは甘やかしじゃない。
神様を大切にする行いなんです。
そして、人に優しくするように、自分にも優しくすること。
人を許すように、自分も許してあげること。
その積み重ねが、自分という神様を大切にする修行なんだよ。
神社で手を合わせる時も、「神様、いつもありがとうございます。そして、私という神様も大切に生きます」と心の中で伝えてみてください。
そうすると、不思議なくらい心が穏やかになり、自分の中から力が湧いてきます。
神社は、神様にお願いをする場所であると同時に、「あなた自身も尊い存在なんだよ」と思い出させてくれる場所なんです。
自分を愛し、自分を信じ、自分を大切にする。
その心が育った時、あなたの中にいる神様はますます輝き始めます。
そして、その光は周りの人にも広がり、幸せの輪となって返ってくるんだよ。

神社の鏡はどこにあるの?
「神社の鏡って、どこにあるんですか?」と聞かれることがあります。
実は、ほとんどの神社では、本殿の一番奥、御神体として鏡が祀られていることが多いんです。
でも、その鏡は普段、私たちが見ることはできません。
扉の奥の神聖な場所に大切に納められていて、一般の参拝者が目にすることはほとんどないんだよね。
だから、「鏡が見えないから、ないんだ」と思わなくていいの。
見えないところで、静かに私たちを見守ってくれているんです。
そして、その鏡には大切な意味があります。
鏡は、自分の姿をそのまま映します。
良い悪いを判断せず、ありのままを映し出す。
だから昔の人は、「神様は自分の心をそのまま映してくださる存在なんだ」と考えたんだよ。
神社へお参りする時は、目の前に鏡が見えなくても、「本殿の奥には鏡が祀られているんだな」と思いながら手を合わせてみてください。
そして心の中で、「私も神様から命をいただいた尊い存在です。今日も感謝して生きます」と唱えてみる。
そうすると、お参りはお願いごとをする時間から、自分の心を整え、神様への感謝を伝える時間へと変わっていきます。
神社の鏡は、私たちに「神様は遠くにいるだけじゃない。あなたの心の中にも神性が宿っていることを忘れないでね」と、静かに教えてくれているのかもしれません。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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