私たちは恵まれた世界に生きています。
不平不満を言う前に、まず「ありがたいなぁ」って感謝するのが神様への礼儀じゃないかな。
今あるものは当たり前じゃない。ということに気づくことだね
あなたは、長年にわたって家族に尽くしてきたとします。
仕事も、家族も、一生懸命やってきたんだよね。
なのに、家族が「食事まずい」「小遣いが足りない」「家が散らかってる」とかって、文句ばかりだとどうだろう?
いろんなものを無料で受け取りながら文句を言うなんて、許せないと思うんじゃないかな。
では次に、その矢印をちょっと自分に向けてみて。
あなたは今まで、ないものねだりをしたことがないだろうか?
もし心当たりがあるんだとしたら、それって神様から見たらどうなのかな。
地球には太陽の光が燦燦と降り注ぎ、雨が降り、その恵みで命が育まれる。
私たち人間は、そんな命あるものを頂いて生きています。
地面を掘れば、資源だって出てくる。
全部、神様が無料でくれたんだよね。
たくさんの贈り物を受け取りながら、そこに感謝もなく「あれがない」「これがない」と文句を言うのはおかしくないかい?
今あるものは、当たり前じゃない。
ということに気づくことだよね。
ないものねだりをやめると、人生は急に豊かになる
人間って、不思議なものでね。
持っていないものは、すぐ目につくんです。
「あれがない」
「これが足りない」
「あの人は持っているのに、自分にはない」
そうやって数え始めると、いくら持っていても足りなくなる。
ないものねだりには、終わりがないんだよね。
お金があれば、もっと欲しくなる。
いい家に住めば、もっと広い家が欲しくなる。
人から認められれば、もっと認めてもらいたくなる。
一つ手に入れるたびに、次の「ない」が見つかるんです。
これでは、いつまでたっても幸せになれません。
幸せというのは、
「全部そろったら感じられるもの」じゃないんだよ。
今、自分のところにあるものに気づいた瞬間から始まるものなの。
朝、目が覚めた。
水が飲める。
ご飯が食べられる。
雨風をしのげる場所がある。
話せる人がいる。
歩ける。
笑える。
空を見上げれば太陽がある。
夜になれば月が出る。
考えてみれば、私たちは毎日、数えきれないほどのものを受け取っています。
しかも、そのほとんどを「当たり前」だと思っている。
でもね。
当たり前だと思った瞬間、人はありがたさを感じなくなるんです。
蛇口をひねって水が出ても感動しない。
電気がついても感動しない。
今日も命があることにも、なかなか感動しない。
ところが、ひとたび失えば、そのありがたさが身にしみる。
だったら、失う前に気づいた方がいいよね。
「ありがたいなぁ」
これだけでいいんです。
足りないものを数えるのをやめて、
あるものを一つずつ数えてみる。
すると、不思議なことが起きるよ。
昨日まで「何にもない」と思っていた自分が、
実は、とんでもなくたくさんのものを持っていたことに気づくんです。
ないものねだりというのは、
人生に何かが足りないということじゃない。
自分の目が、足りないものばかり探す癖をつけていただけなのかもしれません。
幸せになるのに、大金はいらない。
特別な才能もいらない。
人生が完璧になる必要もない。
まずは今日、自分の周りを見渡して、
「これもある」
「あれもある」
「ありがたいなぁ」
って言ってみればいい。
そうすると、今まで不足だらけに見えていた世界が、少しずつ豊かな世界に変わっていく。
世界が変わったんじゃないよ。
見る目が変わったんです。
神様からいただいたものを見つける目になったんだね。
ないものを追いかける人生もある。
だけど、あるものに感謝しながら生きる人生もある。
同じ一日を生きるなら、
私は後者の方がずっと得だと思うよ。
今日も命がある。
それだけでも、かなりの大当たりです。
まずはそこから、
「ありがたいなぁ」
でいいんじゃないかな。
斎藤一人さんの話を纏めました。
皆様、いつもご精読ありがとうございます。
お世話になっております。
Youtubeのチャンネル登録よろしくお願いします。
我が儘勝手で申し開きもございません。
上記の赤色のボタンを押してくださいね。
お手数ですが、遠慮なさらずに押して欲しいんです。

