
人生は、楽しんで幸せになることが目的。
言ったことは守らなきゃいけない、なんて義務感が強すぎると、窮屈で幸せになれないよ。
心は「コロコロ」だからね。
コロコロ変わって当たり前。
いいなと思ったものが、しばらくすると、それほど魅力的に感じなくなる。
よくある話だよね。
長年にわたって「これ一筋」というのは素敵ですが、実際のところ、そういうものは少ないと思います。
それでいいんだよ。
人間は、もともと飽きやすい生き物でなんだから。
心って、「コロコロ」と書く。
まさにその印象通りで、「コロコロ」変わりやすいのが心なの。
昔の人って、本当に言葉づくりが上手いよね。
で、心はうつろぎやすいものだと知っておかないと、「前はこう言ったのに」なんて喧嘩ばっかり起きちゃうの。
すごく生きにくい世界になるんです。
世の中は、白黒はっきりできることばかりではありません。
いや、きっちりできないことの方が多いよね。
人の考えや常に変わるものだし、進歩だってするものだから。
白もいいけど、黒もいいね。
そんな、お互いを肯定し合えるグレーの部分こそが、私は愛なんだと思います。
「これ一筋」で生きるのは素敵。でも、途中で変わってもいいんです
「私はこれ一筋で生きてきました」
そう言える人生って、素敵だと思うんです。
一つの仕事を何十年も続けた。
一つの趣味をずっと愛してきた。
一人の人を生涯大切にした。
そういう人生には、その人にしか出せない深みがあります。
十年やった人にしか見えない景色があるし、三十年、五十年と続けた人には、もっと違う世界が見えてくる。
だから、「これ一筋」という生き方そのものが悪いわけじゃありません。
問題はね、
「一筋でいなきゃいけない」
になった時なんです。
ここが大きな違いなの。
好きだから続けているうちは楽しい。
だけど、
「ここまで続けたんだから、やめるわけにはいかない」
「昔、一生やると言ったから変えちゃいけない」
「今さら方向転換したら恥ずかしい」
そんな義務感になった途端、それまで好きだったものが重荷になってしまうことがあります。
人生ってね、昨日の自分との契約を守るために生きているわけじゃないと思うんです。
昨日の自分は、昨日までの経験で決めた。
今日の自分には、昨日より一日分の経験が増えている。
だったら考えが変わることだってあるよね。
むしろ、変わらない方が不思議なんです。
子供の頃にカレーが一番好きだった人が、六十歳になって、
「私は小学生の時にカレー一筋と言ったから、一生カレーしか食べません」
なんて言っていたら、ちょっと困るでしょう(笑)。
人間の心も同じです。
好きなものが変わる。
興味が移る。
大切にするものが変わる。
それは裏切りじゃありません。
成長なんです。
もちろん、本当に好きで一筋に続けられるなら、それは最高です。
毎日やっても飽きない。
まだ知りたい。
もっと上手になりたい。
そう思えるものに出会った人は、とても幸せです。
だけど途中で、
「もう十分楽しんだな」
と思ったなら、そこで終わってもいい。
次の面白いものへ行けばいいんです。
一筋に生きることより大切なのは、
「今の自分の心に嘘をつかないこと」
なんじゃないかな。
昨日は白が好きだった。
今日は黒が好きになった。
明日はグレーが一番落ち着くかもしれない。
それでいいんです。
心はコロコロ変わるから「心」なんだ、くらいに思っておけばいい。
人は変わります。
考えも変わる。
夢だって変わる。
付き合う人も変わるし、楽しいと思うことも変わります。
そのたびに、
「前と言っていることが違う」
と自分を責めていたら、人生は窮屈でしょうがない。
神様だって、
「三十年前にそう言ったんだから、一生その通りにしなさい」
なんて言わないと思うんです。
むしろ、
「今度はそっちが面白くなったのかい。じゃあ行っておいで」
って笑っているんじゃないかな。
だから、「これ一筋」で生きた人が幸せになるかどうかは、一筋だったことでは決まりません。
好きで続けたのなら、素晴らしい人生になる。
我慢して続けたのなら、苦しい人生になる。
大事なのは、続けることでも、変えることでもありません。
自分の心が喜んでいるかどうかです。
一筋でもいい。
寄り道してもいい。
途中で引き返してもいい。
まったく違う道へ行ってもいい。
人生の目的は、昔の自分との約束を守り抜くことじゃありません。
今ここにいる自分が、
「この人生、なかなか面白かったな」
って笑えること。
それが一番なんです。
斎藤一人さんの話を纏めました。
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